国を一番信じ支えてる沖縄、日本中がその沖縄を支えている…わたしと年金エッセイを沖縄の若者が独占

平成26年度 わたしと年金エッセイ入賞作品が決まった。

厚生労働大臣賞は2作品とも沖縄の高校生が獲得した。
日本年金機構と厚生労働省が共同で毎年行っている「わたしと年金」エッセイ事業、平成26年度は応募総数1、162点の中から9点が入賞した。
60代、50代、30代に負けず国民年金に加入していない高校生も応募。
見事沖縄の高校生が厚生労働大臣賞を受賞した。


厚生労働大臣賞
沖縄県 大城沙織さん  高校生女性
沖縄県 大城和輝くん  高校生男性


何故高校生が年金?
沙織さんも和輝くんも実は突然一家の大黒柱父親が亡くなった。
二人ともその当時中学生だった。
父の死後収入がなくなる、高校進学、大学進学なんて出来なくなった
若者の夢が途絶えたと思っていたら、母親から遺族年金が支給されるので大丈夫だと奇跡のような言葉を聞いた。
父の死と向き合い、遺族年金は父の生きた証、絆であると心を強くし、猛勉強し希望校に両名とも見事合格進学した。
国の年金を支える先輩の皆さんに感謝し、社会に出たら恩返しをしたいという沖縄の若者の言葉。
感動的な内容だった。

では大城沙織さんの作品を紹介しよう

厚生労働大臣賞沖縄県大城沙織様(高校生⼥性


その瞬間はいきなり訪れた。
⼀家の⼤⿊柱だった⽗が急死したのだ。
⽗の体を蝕むガンに気づいた時には、もう手遅れだった。
誰もこうなることを予想などしていなかった。

わずか数ヶ月前までスーツに身を包み、笑顔で働いていた父がこの世からいなくなるなんて。
そして残されたのは、専業主婦だった⺟、まだ中学生だった私と双子の弟だった。
⽗が亡くなってすぐのこと。
私は⾃分の⼾籍謄本を⽬にする機会があった。
その時私が目にしたものは、父の欄に入る一本の横線だった。
それは、父がもうこの世にはいないことを表す横線だった。
当たり前のことながら、たった一枚の紙に私は現実をつきつけられた。

何て寂しいのだろう、私は思った。わずか数ヶ月前まで私の父は確かに存在したのに、今となっては私の胸の内にしか父は存在しないのか。
もはや誰も父がこの世に存在したことを証明できないのだろうか。
思えば、あの時の私は何かにすがるように父の生きた証を求めていたのかもしれない。

私と⽗はとても仲が良かった。
私は⽗にたくさんのことを教えてもらった。
読書や歴史が好きな父に連れられて、まわった古本屋や数々の遺跡。
私にとって父の存在はとても⼤きかった。しかし、⽗はもういない。
このショックは⾔葉で⾔い表せない。父が居ない生活など想像つかない。
私はどんな顔をして父の仏壇に手を合わせればいいのだろう。
私が⽗の死を受け⼊れることは容易でなかった。

しかも、何より私を不安にさせたのは、今後の⽣活だった。
私には夢がある。
それは、大好きな文学や歴史についてより深く学びたいというものだ。
そしていつか研究職に就き、今まで脈々と受け継がれてきた文化を守ることのできる人になりたいというものだ。しかし、その夢を叶える為の進学にはお⾦がかかる。
今まで専業主婦だった⺟に、これ以上の負担を強いることはできなかった。

しかしそんな私の胸の内を察したのか、⺟が⾔った「⾃分の納得がいく進路選択をしなさい。お⾦の⼼配はいいから」と。私は不思議だった。
我が家のどこにそんなお⾦が存在しているのだろうか。
⼾惑う私に⺟は続ける。
「お⽗さんは、遺族年⾦という形で私達家族を⽀えてくれるのよ」と。

遺族年⾦とは、私のような突然家族を亡くした⼈に送られる年⾦だ。
遺族年⾦は⽣前⽗がしっかり年⾦を納めていたこと、⽇本という国がしっかりとした制度をもっていることで、私達家族の下へ⽀給されている。
年⾦というとお年寄りが貰うイメージしかなかった私は驚いたと同時に、私達家族を支えてくれる「遺族年⾦」に強い安⼼感を得ることができた。

⽗が⽣前年⾦をきちんと納めていたから私達は今、遺族年⾦を受け取ることができる。
遺族年⾦とはいわば、⽗が「⽣きていた証」である。
そう気付いた時、
私はとても父の存在が誇らしかった。いつでも私達家族を支えてくれる父は何て心強いのだろう。

また、遺族年⾦をはじめとする多くの年⾦制度は、たくさんの⽇本国⺠の協⼒で成り⽴っている。
年⾦を納める⽇本⼈がいなくなってしまったら、この年⾦制度はまるで成り⽴たないだろう。
そういった⽬で⾒れば、年⾦制度とは「思いやりのかたち」なのではないだろうか。

お年寄りや障害のある⼈、私達のように親を亡くした⼈、困っている⼈を⽇本中で⽀えることが年⾦なら出来るのだ。
現在、年⾦を取り巻く状況は厳しい。
少⼦⾼齢化の影響を⼀⾝に受け、年⾦に
対して不安を抱く⼈は後を絶たない。
国⺠年⾦の納付率はわずか六割程度だという話を聞いた。
確かに、⽇本の深刻な少⼦⾼齢化問題を考えた時、⾃分は年⾦を受け取ることができるのだろうかと疑問を抱くのは当然だ。

私⾃⾝、⽗の死を通して年⾦の在り⽅を⾒つめなおす機会がなければ、その必要性など考えなかっただろう。
しかし、今なら分かる。
年⾦を納めることは、将来の自分だけでなくもしもの時に家族や周りの人を助けることになるのだと。
もしもの場合を想定して年⾦を納めることもまた「思いやりのかたち」なのだ。

⽗の死から数年。
私は今、⾼校⽣になった。
⽗の死の直後は、まさか通学できるとは思いもしなかった憧れの高校に通っている。
日々の勉強や友人関係で挫けそうになることはあるが、それでも高校に進学出来るありがたさを忘れることはない。
私には目標がある。
それは、大学進学だ。
中学生の時から抱いていた研究職に就くという夢への足掛かりに大学進学はなり得ると思うのだ。
⽗はもういない。
しかし、⽗は遺族年⾦で私達を⽀えてくれる。顔の知らない
たくさんの⽇本⼈が遺族年⾦を通して、私を応援してくれる。
私は決して⼀⼈ではないのだ。私はたくさんのエールを胸に夢への第一歩を踏み出そうとしている。_

_

二人の高校生は父親の遺族年金をテーマにしたが、同じような万一の非常事態に対処した障害年金をテーマにしたエッッセイが日本年金機構理事長賞を獲得した。
山梨県の60代の女性が息子さんの大けがで右手首切断という悲劇に襲われたが、障害年金を受給出来たことから立ち直り頑張っているエッセイ内容で、これも身につまされる。
紹介しよう。

日本年金機構理事長賞  山梨県  山本栄子さん


2010年12⽉1⽇、その⽇に起こった恐ろしい出来事を私は⼀⽣忘れない
だろう。昼休み中の私に⺟から要領の得ない電話がかかって来た。
何でも、息子の上司という人から電話で、息子が工場でけがをしたというのだ。⺟も良く事態を飲みこめない様子なので、折り返し電話をしようとした時、夫からの電話があった。
息子が、会社で木材を裁断する機械にはさまれて、左の⼿⾸を切断したと
いうものだった。

取るものもとりあえず、夫と二人で息子が運ばれた病院へ向かった。会社の人
達も多勢来てくれていて、これから⼿術室へ向かうという息⼦は、私の顔を⾒ると、「ダイジョウブ、ダイジョウブ」と笑って言った。麻酔もかかっていなくて、痛みは極限に達していたであろうに、私を⼼配させまいと⾔った⾔葉に涙が出た。
とりあえず、切断した⼿⾸を接着する⼿術に⼊る。五時間かけて⼿術が終わり、
何とか、繋がってほしいというみんなの願いも空しく、接着した手は、日が経つにつれて、だんだん⿊く⼲涸びて指の先から壊死していった。あきらめて再切断したのは、十日後のことであった。
その時点で、息子は障害者となった。

入院中は、友達や、会社の⼈達も多勢⾒舞いに来てくれて、明るくふるまって
いた息子ではあったが、やはり、手がなくなったという事実は、彼の心に重い翳を落としたのだった。右⼿でなくて良かったね、などとなぐさめのことばをかけ
てくれたつもりであっても、本人にとっては、深く傷つくものであった。それでも彼は、何とか片手で出来るようにと、リハビリにも頑張った。

そうした折、筋電義手というものの存在を知り、川崎の労災病院に二ヶ月入院して、義手の適応訓練を受け、細かい作業は出来ないにしても、何とか日常生活が出来るまでになった。
前向きに⽣きようと彼は決断して会社へも復帰した。
私は、勤め先で、年⾦の事を少し勉強する機会があったので、障害年⾦の事に
ついて調べてみた。

まず、障害の程度から等級を調べると、⽚⼿の前腕切断は、二級に該当する事が分かった。そして、⼆級では、障害厚⽣年⾦と障害基礎年⾦の両方を受給出来ることも分かった。
ただ、私には⼀つ⼼配なことがあった。それは、年⾦の⽀給要件を満たしてい
るかという事であった。
つまり、保険料の納付期間が、全期間の三分の二以上あるか、あるいは事故の前々⽉までの⼀年間、きちんと保険料を納付してあるか、というものであった。息⼦が⼤学⽣の時は経済的な理由で、学⽣納付特例制度を利⽤したが、その期間も、納付期間に入ることが分かり安心した。
ただ、社会人になってから、アルバイトをしていた時期もあり、その間の保険料が納付してあるかも⼼配であったが、国⺠年⾦の納付書が届いた時に私の⽅で払っておいたことを思い出した。
これで何とか年⾦を受給できると思ってほっとしたものである。

障害年⾦の⼿続きは、会社の方で面倒をみていただき、平成23年9⽉に、その年の1⽉に遡及しての⾦額が振り込まれた。
その後⼆ヶ⽉に⼀度きちんと振込まれている。
息子は、現場の仕事から事務仕事になり、毎日パソコンに向かって頑張ってい
る。彼が、これから、どういう人生を生きていくか、分からない。しかし、ハンディを負っている者にとって、⼀⽣を担保してもらえる障害年⾦は有難い。今、若者の年⾦の納付率が下がっていると聞くが、私は若い⼈達に向かって、進⾔したい。

一生のうちには、予期しない事が、多々起こるものだ。
その為のお守りとして、年⾦の納付は続けよう。
本当に困った時は、相談すれば、免除制度を利⽤することも出来るだろう。
年⾦ときくと年寄りのためのものという認識かも知れないが、そればかりではないことも覚えておいていただきたいと思う



制作発信 社会保障・安全衛生コンシェルジェ 特定社会保険労務士 金丸亜紀雄





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