福島、浜通り海岸にこよなく人を恋うる郷土芸能あり「いわき じゃんがら念仏踊り」こそ復興の支えに

湘南ジャーナル発行 朝日新聞地方部記者金丸日出一の「地方記者の原稿録」115ページから抜粋


朝日新聞昭和29年8月浜通り版 第5回 じゃんがら念仏踊りコンクール

じゃんがら念仏踊りコンクールが8月9日夜6時半から市内大通り公園で開かれた。
21組300余名が参加。
ヤグラ舞台を取り巻く観衆は約1万人の人手、かってない盛況だった。
石城の若衆たち各組とも伝統の技術を傾けたカネの音色、タイコの仕舞、念仏踊りの調子を揃えた熱演を競った。
優勝は内郷御台境青年団が占め本社優勝旗と商工会議所杯を獲得した。

平市長谷川教育長は「太鼓打ちの体のこなし、足の運び、手の振り方、力の入れようが3人そろい一人の打つ音のようにそろうまで相当の練習が必要。
12人の組全体が一心同体に調和しなければならない。
農村青年の娯楽、スポーツ、伝統継承として大変意義ある」と解説された



朝日新聞昭和30年8月浜通り版 にぎやかにお盆前奏曲 じゃんがら、盆踊り始まる

月遅れのお盆が近づいて来た。
14日夜からは各地で盆踊りが始まり、笛と太鼓、チョウチンと仮装が夏の夜を賑やかに彩るが、10夜、一足先に平でじゃんがら念仏踊コンクールが催され、福島では盆踊りの走りが行われ、それぞれにお盆の前奏曲を奏でた。

平市の夏の夜をにぎやかに彩って、10日石城名物じゃんがら念仏踊コンクールが開かれた。
30メートル道路南端広場の特設舞台を取り巻く観衆は約25,000人。
カネ、太鼓のおはやしで市役所前を出発したじゃんがら念仏行進が、郷土色を盛り上げて会場に繰り込み、10組が熱演を競った。

狭い舞台を広く踊り、豪気な風格と静かな音調を発揮した地元の中山青年会が優勝、本社寄贈の優勝杯を獲得。見事にそろい、たくみな美しさを示した。
前年優勝の内郷御台境青年団が2位を占め、平市菅波念仏保存会の一行中には、元老の大和田翁75歳が若衆に交じって太鼓に老練な仕舞を披露した。
画像


音に会いたい♪「福島県いわきの復興を支える「じゃんがら念仏踊り」の鉦と太鼓

昭和28年私の一家は父の仕事の関係で静岡県三島市から福島県平市(今のいわき市です)に転居しました。
引っ越して来て、福島県の海岸沿い「浜通り地域」は、徐々に戦災からの復興も進み、漁業も盛んで常磐炭鉱隆盛の頃でもあり大層活気に満ちているところと感じました。

市は、文化面でも郷土の見直しをして復興の精神的支柱にするものが必要と考え、社会教育担当者や地域青年団などが話し合い、郷土芸能の「じゃんがら念仏踊り」の支援が始まっていました。
地方記者をしていた父の勤務する新聞社はこの動きを強く支援しました。
市内近隣のじゃんがら念仏踊り保存会と連携、市が主催し新聞社が後援する形で、「じゃんがら念仏踊りコンクール」と結実しました。

昭和29年は第5回の区切りのコンクール、市の中心街30メートル通り南端に特設舞台を設営。
参加10組はそれぞれチーム10名前後で編成され、そろいの衣装で市役所を出発して鉦、太鼓のおはやしでじゃんがら念仏踊りの行進、会場に練りこみ観衆1万余の人々が取り囲込む中熱演を競いました。
チームの連体感が際立った内郷御台境青年団が優勝、スポンサーの新聞社提供の優勝旗を獲得しました。
東北らしくチームを編成し輪になっての「じゃんがら念仏踊り」は正に絆の郷土芸能。

豪気な風格と静かな音調で♪それそれ、それそれ♪。のリーダーの声でチームが見事に揃う巧みな美しさは今でも忘れられません

その後じゃんがら念仏の鉦と太鼓のおはやしに勇気つけられ浜通りの中心都市平地域は発展し続けました。
昭和33年父の仕事の関係で神奈川県平塚に引越し平市とはお別れになりました。


その後平市は昭和41年近隣5市4町5村と合併面積が日本一広い「いわき市」となりました。

画像


じゃんがら念仏踊り

じゃんがら念仏踊り(じゃんがらねんぶつおどり)は、平 (いわき市)を発祥地にして江戸時代の磐城平藩領(浜通り夜ノ森以南)に分布する郷土芸能で、鉦、太鼓を打ち鳴らしながら新盆を迎えた家などを供養して回る踊念仏の一種である。

いわき市内では、単に「じゃんがら」と呼ばれ親しまれている。主に毎年8月13日から15日までの3日間行われ、いわきの夏の風物詩として知られる。いわき市の無形民俗文化財に指定されている。

集落ごとに、その地区独特の形態で伝承されており必ずしも一様とは言えないが、概ね以下のような特徴を有する。

踊り手

地区毎の青年会・保存会等の主に若者十人〜十五人程により構成される。
近年女性の踊り手も見られるようになった。

集団の内一人は弓張提灯を手にして踊る提灯持ち(会長、使者などとも呼ばれる)であり、太鼓が三人、鉦が七人〜十人程からなる。
また、いわき市遠野地区、北茨城市大津町などでは笛も加わる。 衣装 浴衣に白襷、手甲、白足袋、鉢巻。提灯持ちは浴衣に黒紋付。
太鼓には紺地に白抜きで「南無阿彌陀佛」と染め抜かれた布(太鼓着物と呼ばれる)が巻かれる。

踊り

提灯持ちを先頭に一列になり、鉦と太鼓を繰り返し叩きながら新盆の家の庭先などに現れる。
(流し・道中囃子) 盆棚に一礼後、太鼓を叩く者が三人一列に並び、その周りを鉦を叩く者(鉦きり)と提灯持ちが楕円状に取り囲み、輪をなして踊る。

まず太鼓に合わせ唄いながら合掌の所作を伴う手踊りをし(念仏)、 唄い終わると掛け声とともに鉦・太鼓を叩きながら踊る。(ぶっつけ) 太鼓は腰を沈め片手でリズムを刻みつつバチを持った手を舞わせながら叩くなど技量が要求されるが、それだけに見ごたえがある。

また鉦きりは摺足で円を描くように踊るが、昔は「膝を高く揚げ、鉦を左脇頭の上まで突き上げた踊躍であった」(和田文夫『じゃんがら念仏踊り考』)とされている。なお、鉦を上方に突き上げ跳躍しながら叩く芸態は、大熊町長者原地区のじゃんがらに顕著に現れている。



「ナァハァハァー、モォホホホーィ...」といった念仏に節を付け崩したとされる唄に続き「盆でば米の飯、おつけでば茄子汁、十六ささげのよごしはどうだ...」などと唄われる。
また他にも「磐城平で見せたいものは、桜つつじにじゃんがら踊り...」「閼伽井嶽から七浜見れば、出船入船大漁船...」などとも唄われるが、かつては即興で卑俗な歌詞を作り見物の笑いを誘ったともいう。


地方記者金丸日出一原稿録 編目次

検索方法→右のカレンダから各年度各月に行けます→例2月クリック→5月~12月月別リンク→希望月→カレンダーから希望日へ


群馬県太田時代 昭和10年~昭和16年

1、神風号世界新記録でロンドン訪問…地方記者の原稿録1、中島飛行機と躍進太田  2007年8月26日 

2、軍需工場の職工さんが川の流れのよう…好景気に沸く躍進太田の街角発…2007年9月7日    

3、猛省せよ太田町議会を直撃           2007年9月12日 

4、群馬の時代昔と今=昭和13年躍進太田を中心に環状電車計画:平成19年住民の16%が外国籍の大泉町                             2007年9月19日

5、頼もしかった中島さん 4人目の上州内閣      2007年9月26日 

6、米軍日本を初空襲、第一目標は中島飛行機のエンジンだった…   2007年10月8日 

7、変わらなかった子育て呑龍様:いつも躍進太田を見守ってくれた…2007年11月13日

 
埼玉県秩父時代 昭和16年~昭和19年

8、昔国立公園:今世界遺産…平和が蝕まれる町と平和にボケていく町と…
2007年12月9日  

9、伝統の花やかな秩父銘仙も大陸進出、軍需工場へ…平和な秩父に忍び寄る戦雲    2007年12月22日 


10、奥秩父連峰で鹿と熊相手の巻狩りの日に米英相手の太平洋戦争開戦:昭和16年12月8日の地方と中央                                 2008年3月5日


北海道釧路時代 昭和19年~昭和22年

11、巨体に包む戦力資源、捕鯨北海道発足を声援:戦果既に149頭の捕鯨王も…戦時下の釧路港
                    2008年3月23日 
12、 終戦:千島列島から脱出。ソ連軍は?  地方記者の原稿録「釧路編」2008年4月1日

北海道旭川時代 昭和22年~昭和26年

13、日本最低気温記録の町で起った血も凍る銀行支店長一家惨殺事件:昭和25年4月2日、北海道美深町は震えた                                  2008年4月19日 

14、音江村8人惨殺事件鑑定、鋭く対立した法医学教室、白の古畑東大教授陣対黒の北大沼田教授陣 
                                      2008年4月27日 



静岡県三島時代  昭和26年~昭和28年

15、国内初のジェット旅客機もくせい号消息絶つ…昭和27年4月、静岡県内通信網に異様な緊張走る  
                                     2008年5月5日 

福島県平時代  昭和28年~昭和33年

16、海難と炭鉱…連続する事故…海とやまの町いわき平の昭和20年末期から30年初期…2009年1月10日

17、坂下門で偲ぶ皇妹和宮降嫁を進めた磐城平藩主安藤信正物語と平城維新秘話09年1月17日 

18、夫とともに灯台守って20年…映画「喜びも悲しみも幾年月」になった塩屋崎灯台:田中きよ子さんの手記  1月20日 

19、逞しかった常磐炭鉱の町…ヤマの喜びと悲しみの幾年月1月22日 

20、福島、浜通り海岸にこよなく人を恋うる郷土芸能あり「いわき じゃんがら念仏踊り」こそ復興の支えに 
                                        2013、2、20 

神奈川県平塚時代 昭和28年~昭和43年定年  今後掲載予定  

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック

  • エアマックス 95

    Excerpt: 福島、浜通り海岸にこよなく人を恋うる郷土芸能あり「いわき じゃんがら念仏踊り」こそ復興の支えに 年金・医療・失業・労災困ったときの助かるブログ/ウェブリブログ Weblog: エアマックス 95 racked: 2013-07-10 04:37