身長160cm、48インチ長尺ドライバーの杉原輝雄プロ逝く

身長160cm、48インチ長尺ドライバーの杉原輝雄プロ逝く

平成23年12月29日朝日新聞23面:34面
23面スポーツ面 「通算63勝 小柄なドン 杉原さん 勝ってなお練習」
34面社会面 「杉原輝雄さん死去 74歳 ゴルフ現役貫く」


…28日プロゴルフ50年、ドンとも呼ばれた杉原輝雄さんが前立腺がんのため死去した。

160cmと小柄ながら体いっぱいを使ったショットを工夫し克服。
勝負師、まむし、スッポンとも比類なきしぶとさから異名をとり、まさにプロ意識に徹したプレーぶりで一目置かれていた。
シニア6勝を含みプロ通算63勝。
選手会の初代会長も勤めた。中日クラウンズには第1回から51回連続出場し世界記録を樹立した。
勝つために努力を惜しまず五角形打法など取り入れ、長尺ドライバー48インチ(約122センを杖代わりにラウンドする姿は水戸黄門様をほうふつさせた。
死ぬ時が定年、まだ稼ぎ足らないと現役で踏ん張り続けたいぶし銀、74歳の生涯だった。


評伝


小学5年のころ、自宅近くの大阪・茨木CCでキャディーのアルバイトを始めた。
中学卒業後は、高校の定時制に通いながら同CCの洗濯係として働いた。
ようやくコースに出られるようになり、名門コースの会員とのラウンドで小遣いをもらうことが“プロゴルファー”としてのスタートだった。

 「ゴルフで銭を稼ごう」。決意してからの練習量の多さは、ゴルフ界では突出していた。
その背中を見た、後輩で関西出身のプロゴルファーは数多い。
20歳での日本プロゴルフ協会(PGA)入会後は、「茨木の杉原」と「宝塚の島田(幸作=前日本ゴルフツアー機構会長、08年11月没)」という、関西2大派閥を形成。関東のAON(青木、尾崎、中嶋)らと切磋琢磨(せっさたくま)した。


KKベストセラーズ発行  杉原輝雄著 「30歳からでもシングルになれる」 207ページ 1991年初版本

自分で語る通り本書は技術論とは一味違う、杉原流らしく精神論から切り込んでいる…


①上達の秘訣は…2つある。一つはゴルフに取り憑かれていてうまくなりたくて夢中の人、もう一つは時間がつくれること

②、並みのプレイヤーに最も有効な練習方法は「素振り」。単調で苦痛だ。これを継続しやり遂げられる情熱が絶対必要

③、自分の型を持て。人の良いところを取り込むこと。

④、どんな時も攻めること。池を逃げる、避けるの気持ちではなく池の方に絶対行かない技術を身に着けるよう日頃から磨け。

⑤、確率とか頭を使って3番で行くのではなく、あくまでドライバー、頭先行でなく気持ちだ。攻めが基本方針、それを貫徹させるには技術が必要で、練習ということになる

⑥、スイング模範例は岡本綾子である。何回も見ること。目で学べる。

⑦、軽くスイングしているように見えるがどのプロも精一杯全力投入している。体勢が崩れない範囲で目いっぱい振るのだ。下半身がしっかりそれを支えている。盤石の土台をつくり強く叩けるように鍛えるのだ

⑧、意地を張り勝負強さを。8番の借りは8番で返せ。勝負の世界は負けん気とか意地が肝要。当った時大勝出来るのはこの意地の強さである。

⑨、アプローチは事前の素振りで決まる。ただ素振りをするのではない。本番を想定し、芝生の状態、抵抗状況、距離に合わせるスイングの大きさ、足はば、腰と手の使い方等それらを頭にインプットして素振りする。もう始まっているのだ。

⑩、パットの練習=うまい人は止まりそうで止まらない。下手な人は初速は早いが先で延びない、いい転がりを身に着けろ。長い球足はやや左に球を置き、ヘッドが上がり始めたら打つのだ

…最後に70歳過ぎまでプロでゴルフがやれたのは、運、性格、スイング、そして体に恵まれなかったことと最後を決めていた。
貧乏で稼ぐ必要があったこと、体の劣勢を補うため小技や長尺を使えるように必死で技術を高めたことであり、体が優勢で、お金もあったらとてもここまで頑張れなかった…

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