生活保護の実務を民生委員が行っていた。その後社会福祉主事が担当するようになり民生委員は協力に回った

生活保護の実務を民生委員が行っていた。その後社会福祉主事が担当するようになり民生委員は協力に回った.

生活保護法の歴史から…


第1部 これが生活保護の端緒だった…

1、昭和20年終戦

2、昭和20年12月 生活困窮者生活援護要綱 閣議決定
{背景} 戦災者、引揚者等に対する臨時応急の措置として「生活困窮者緊急生活援護要綱」が実施されたが、あくまでも臨時応急の対策であった。

3、昭和21年2月にGHQによる「公的扶助に関する覚書」が政府に交付され
{背景}敗戦による全国的窮乏に伴い共産思想の浸透を恐れたGHQの要請により社会福祉制度が急務となった。
  予算規模を厚生省は8億、大蔵省は2億、GHQは30億を要求。

4、昭和21年9月  生活保護法が第90回帝国議会で議決

10月 実施       
実務を民生委員が行った

救貧思想からの保護で国民に請求権はなかった
保護基準は勅令で決めたものでした。
この時の生活保護法を旧法と呼ぶ


第2部  憲法の理念に基づき生活保護含む社会保障は国家の基本機能に…

1、昭和24年9月 社会保障制度審議会による生活保護制度改善勧告

{背景}

統一的救済法としての旧「生活保護法」は、実施する中でさまざまな問題が生じた。第1に、民生委員の問題であって、無差別平等の原則、国家責任の原則からSCAPIN775にそぐわないと考えられたのである。第2に、昭和24年にドッジ・ラインが実施されたことに伴う経済不況の下で、生活保護法の改善強化が必要となった。すなわち、失業者、戦争未亡人・母子階層に対する対応である。第3に、不服申立ての権利の問題である。旧生活保護法では、不服申立てを認められないものと解釈されていたが、愛知県知事からの疑義照会がなされたのを契機に、法の適正運用の意味で不服申立制度を導入することとした。
社会保障制度審議会はこうした状況をみた上で、昭和24年「生活保護制度の改善強化に関する件」を勧告した。その内容うけて、厚生省は、直ちに旧生活保護法の改正作業に取りかかり、昭和25年、新しい理念に基づいた新「生活保護法」が公布・施行された。


2、昭和25年5月4日 新生活保護法制定
①憲法25条生存権明記

②無差別平等原理:ただし欠格条項(勤労意思のない者・素行不良者等)

③最低生活保障原理

④補足制の原理

⑤申請主義の原則

⑥世帯単位の原則

⑦厚生労働大臣による基準及び程度の原則

⑧必要即応の原則

 3、保護の実施は、実施期間を地方自治体福祉事務所とし実務は社会福祉主事が行い、民生委員は協力機構ととどめる。
国、県は実施機関を指揮監督・指導監査する。  
 
4、生活保護の目的が、「最低生活の保障」という経済的援助と、「自立助長」という福祉的援助の2つであることを押さえておく必要がある。


生活困窮者緊急生活援護要綱
    昭和20年12月15日 閣議決定

実施機関は、都道府県の計画に基づいて市町村長が委任した町内会長、部落会長、方面委員、社会事業団体等です。


 終戦後、国内現状ニ鑑ミ特に困窮セル者ニ対シ左記要綱ニ依リ緊急生活援護ノ方途ヲ講ジ以テ当面セル生活困窮ノ状態ヲ匡救セントス
(1) 生活援護ノ対象ト為スベキ者ハ一般国内生活困窮者及左二掲グル者ニシテ著シク生活ニ困窮セルモノトス
 一 失業者
 二 戦災者
 三 海外引揚者
 四 在外者留守家族
 五 傷病軍人及其家族並二軍人ノ遺族
(2) 生活援護ヲ要スル者ノ世帯ノ実情ニ応ジ左ノ方法ニ依ルモノトス
 一 宿泊施設、給食施設及救療施設ノ拡充
 二 衣料、寝具其ノ他ノ生活必需品ノ給与
 三 食料品ノ補給
 四 生業ノ指導斡旋
 五 自家用消費物資、生産資材ノ給与又ハ貸与
(3) 生活援護ノ実施ハ都道府県ノ計画ニ基キ市町村長ヲシテ当ラシメ町内会長、部落会長、方面委員、社会事業団体等ヲシテ之二協カセシムルモノトス
(4) 生活援護ニ要スル経費既定経費ヲ本要綱ノ趣旨ニ則シ運用スルノ外尚必要経費ハ此ノ際特二別途考慮スルモノトス

(備考)
一 本要綱ノ実施ニ当リテハ取敢ヘズ都市特ニ六大都市並ニ引揚者ノ多数滞留地ニ重点ヲ置クモノトス
二 本要綱ノ実施ニ当リテハ其ノ徹底ヲ期スル為特ニ全国方面委員ヲ積極的ニ活動セシムルモノトス

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック