アクセスカウンタ

<<  2016年7月のブログ記事  >>  zoom RSS

トップへ


寺田寅彦の言う「あたまのいい人あたまの悪い人…科学者は同時でなくてはならない

2016/07/31 12:53
講談社発行  寺田寅彦著セレクション343ページ

昭和8年10月刊「物質と言葉」=科学者とあたま

あたまのいい人=脚の速い旅人=人より先に行きつけることが出来るが、道端にある肝心なものを見落とす恐れもある

あたまの悪い人=脚ののろい人=人からずっと遅れるが訳もなくその大事な宝物を拾っていく場合がある

あたまのいい人=見通しが利く=前途の難関を見渡せる=ややもすると前進する勇気を阻喪しやすい

あたまの悪い人=前途に霧がかかっている=楽観的になる=難関に遭遇しなんとかどうにか切り抜けていく

頭のいい人=他人の仕事の荒が目に付き易い=他人がおろかに見える=従って自分が誰よりも賢いという錯覚に陥りやすい=向上心に緩みが出る=進歩が止まってしまう

あたまの悪い人=他人の仕事がみな立派に見える=偉い人の仕事でもやれそうに見える=自ずから向上心が刺激され挑戦してみる

あたまのいい人=せっかく骨折っても結局大した成果はないと見込みをつけれる=着手しない

あたまの悪い人=そんな見込みも立てれないのでつまらないことでも我武者羅に仕事に取り付く=予期しなかったような重大な結果にぶつかることもある

科学者になれない=自分が利口だとあたまがいいと思う人は人間の頭の限界を力の理解して大自然の前に赤裸々に自分を投げ出して、ただただ自然の大直接の教えにのみ傾聴する覚悟があって始めて科学者になれる
観察、分析、推理、の正確周到を必要とする=あたまが悪いと同時に頭がよくなければならないのである。

科学者にありがちな錯覚=科学が人間の智恵の全てであると考えてしまうこと=科学は知致の一部に過ぎない=ソクラs¥テス、老子、芭蕉、広重の世界の存在も事実である。科学ばかりが学のように思い上がる、

人間は過誤の動物である。
冨士はやはり登ってみなければ分からない。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


貰おうと手続きしたのに間に合わず貰わず亡くなった夫は、結局年金もらわなったのではないでしょうか

2016/07/22 09:31

社会保障相談室127


寡婦年金受給資格を満たしていると考えている妻です

1、死亡日の前日において、被保険者期間にかかる保険料納付済期間と免除期間を合算した期間が25年以上ある夫の死亡

2、夫の死亡当時生計維持され婚姻期間が10年以上ある

3、現在妻は65歳未満

これで妻である私に寡婦年金が支給されるのでは

回答  担当当局の回答はNO

何故?

@夫は満65歳に達したので即老齢基礎年金の請求を行った

Aしかし既に重病に罹っておりこれが急速に進行し、当局から裁定:処分がされる前に死亡したのである

B妻は夫の死亡届を提出したが、同時に遺族として老齢基礎年金の未支給年金の請求も行った

C未支給年金はこの妻に数カ月後支給された

以上の経過から担当当局としては、未支給年金の請求をなしこれを受給した事実から「老齢基礎年金の支給を受けていたというべきであると判断する。

受給権者の死亡により、その配偶者が未支給年金を受給した場合は老齢基礎年金の支給を受けていたときと解されるべきである。
従って妻に寡婦年金は支給されないのである。

考察

夫が本事案の場合死期が迫りたとえ老齢基礎年金をほんの数カ月夫が受給するより、全くこれを請求せず、死後に、妻が寡婦年金を請求するというのも選択肢として在りえる。

この方がより多額の年金を受給可能である。
夫と妻が生前心を合わせ手を握る。
長い間ありがとうと…。

でも本事案は未支給年金の妻が請求を行い受給したのでこの絆は作れなかった。
当局は寡婦年金を認めなかった。

しかし…未支給年金とは本人のものではない。
あくまで遺族のものである。
本人の相続財産でなく、遺族の一時所得と最高裁で断が下されている。

ならば本人は老齢基礎年金を全く受給してないことになる。
受給とみなせば未支給年金は本人のものとならなくてはならない。
本人のものでないなら逆に受給もしていないのである。

老齢基礎年金の支給を受けていた要件を満たさない。
再審査請求の審理の場でこれを主張したいものである。

でなければ、少なくとも妻の未支給年金受給分を返還させ、あらためて妻に寡婦年金を支給するのが担当当局のあるべき施策である。

憲法第13条第2項の規定により担当当局は存在する。
すなわち国民の幸福追求を支援することが当局の存在意義である。
なるべく財務事情を考え国民に年金を少なく支給しようとする姿勢は本末転倒である。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


貰えるのに貰わなかった夫に代わり妻ももう少しで貰い損ねるところ貰えた寡婦年金

2016/07/21 09:24

社会保障相談室126


夫は満61歳で亡くなり、私は遺族厚生年金を受給してます。
夫の厚生年金期間は160月でしたので遺族年金は年間約28万円
これだけでは少ないので私の老齢基礎年金を繰り上げる考えでした。

しかし夫には貰えるのに貰わなかった年金がまだあるそうですが、私が代わって貰えないでしょうか。
繰り上げとどっちがどうでしょうか?

回答

繰り上げより亡き夫の形見でもある寡婦年金が支給されますのでこれを優先して得してください。

亡き夫は満61歳で亡くなったので国民年金老齢基礎年金を請求出来ずに亡くなりました。
国民年金保険料納付期間が280月分ありますので満65歳から老齢基礎年金が支給されるはずでした。

遺族厚生年金はこの国民年金期間280月分と厚生年金期間160月を合計すると300月を超えるので厚生年金期間160月で遺族厚生年金が受給出来たのです。

この遺族厚生年金を受給した妻であるあなたは、亡き夫の満65歳からの老齢基礎年金受給しなかった代わりの死亡一時金か寡婦年金を請求出来るのです。

よくあるケースで遺族厚生を貰ったので国民年金分の貰い損ねですね。
せっかくの亡き夫が頑張った国民年金納付実績。

ぜひ、しっかり貴女が代わって夫の分を満60歳から満65歳になるまでの5年間寡婦年金として受給してください。
その後満65歳から老齢基礎年金を通常に受給してください。
繰り上げると早く貰える代わりに減額が厳しいですから…長い今後はぜひ通常の基礎年金受給で行きましょ
う。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


貰えるのに貰ってないのは貰っていること…老齢基礎年金繰り下げ者が死亡したがもらっていた扱いに 

2016/07/20 21:23
社会保障相談室125

国民年金老齢基礎年金を繰り下げていた夫が死亡した。
65歳から受給できるのに敢えてもらわず、繰り下げし70歳から42%増額した年金をと考えていたのに…
何も貰わず死亡した夫は国民年金保険料料を完納していた。
さてその場合残された妻に寡婦年金が支給されるのでは?
何故支給されないのか❔


回答 NO 担当当局の本事案取り扱いはNO

何故NOか…
夫は満65歳に達し、老齢基礎年金の受給権を得ていた。

つまり死亡した夫は、現実に繰り下げ受給していなくても、受給権発生した時点で受給していたとみなす。
貰えたのに敢えて貰わなかったことは未受給ではなく受給したとみなすべきであり、未受給を前提とした寡婦年金は生じない。


※寡婦年金は、死亡した夫が老齢基礎年金を受けるために支払った保険料が掛け捨てにならないよう、遺族となった妻に支給される、妻満60歳から満65歳までの有期年金です。

寡婦年金の受給要件=
次のすべてに該当する場合に支給されます

@死亡した夫の国民年金の第1号被保険者としての保険料納付済期間と保険料免除期間を合わせて25年以上 
A死亡した夫が障害基礎年金の受給権を有したことがない

B死亡した夫が老齢基礎年金を受給したことがない

C死亡した当時、夫によって生計維持されていた妻であること

D死亡した夫との婚姻期間が10年以上継続していたこと

E妻が老齢基礎年金を繰上受給していないこと


※亡き夫は実際に貰っていないのに…しかし貰えるのに貰わなかったのは貰ったものとみなすとは…
妻が現実的には受給してない夫の老齢基礎年金を意識するのは夫が死亡してからと考えられる。

ならば、夫の年金をもらう権利は夫が死亡してから初めて成立し、それまでは年金をもらう権利は存在しないので、妻には夫の未受給前提の寡婦年金をもらう権利があるのではないか…

しかしそうではない。
夫は繰り下げ時点で老齢基礎年金は受給したと同様にみなされる扱いとなる。
これが担当当局の本事案に対する考え方であり取り扱いとなっている。

繰り下げは寿命に自信がある方が選択することが多いだろう。
本例のような事例は極小ケースだろうが、しかし何があるか分からないのも人生。
年金相談は正に人生相談である。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


失踪した夫の年金はどうなるのか、妻はいつ遺族年金を請求出来るのか、夫の老齢年金や未支給年金は?

2016/07/13 09:04
社会保障相談室126

夫は5年前から失踪中です。
老齢年金は夫の口座に振り込まれ続けられています。
しかたなく公共料金などに使っています。
どうなっているのか分からず亡くなっていたら遺族年金が妻である私に支給されると思うが…?
いかがか、どうすれば良いのか❔


回答

失踪には@危難失踪とA特別失踪があります。
失踪宣告を受け死亡とみなされます。

危難失踪は災害、事故の場合に行方不明になった時適応されます。
このような事故災害のケースは、1年経過すると失踪宣告され死亡とみなされます

民法上は、船の沈没・航空機事故等に巻き込まれて遺体を確認できなかった場合、1年間生死不明の状態が続いたことを条件に、失踪宣告が認められ、死亡したものとみなされる。
そして、この失踪宣告が認められるには、手続として、家庭裁判所への申立てが必要となる。

一方、戸籍法は、死亡届の添付書類について、やむを得ず診断書などを得られないときは、死亡の事実を証明する書面があれば受理できるとしている。
そこで、東日本大震災の行方不明者については、戸籍法を特例的に活用し、失踪宣告の手続きを経ないでも、震災時の状況や経緯などを記した書面を死亡届に添付すれば、死亡届が受理され死亡が確定する方向となっている。

したがって、震災から1年を待たずに、また家庭裁判所への申立てをしないでも、家族による財産の相続や生命保険の受け取りが可能になる。行方不明者の家族の方が新しい生活を踏み出す一助となることが期待される。


東日本大震災については震災特別法により平成23 年3月11 日に発生した東北地方太平洋沖地震により行方不明となった者の生死が三月間分からない場合又はその者の死亡が三月以内に明らかとなり、かつ、その死亡の時期が分からない場合には、死亡に係る給付の支給に関する規定の適用については、平成23 年3月11 日に死亡したものと推定することとされている。

{適用される年金関係}

厚生年金:未支給の保険給付、遺族厚生年金

国民年金:未支給の給付、遺族基礎年金、寡婦年金、死亡一時金

国民年金法等一部改正前の船員保険:未支給の保険給付、遺族年金

さてお尋ねの特別失踪は

家出などにより音信不通になって7年以上経過した時点で失踪宣告が行われ、死亡とみなされます。民法30条

失踪と宣告と遺族年金の手続き

家庭裁判所に行き、失踪宣告の申し出を行う。
審判書謄本が送達された日から2週間以内に、審判に対し不服申し立てがなければ審判は確定します。
次に市町村役場に行き、失踪届を提出し、戸籍謄本に除籍、失踪宣告と記される。
7年経過した日が死亡日になります。
したがって遺族年金の請求が年金事務所にて出来ることとなる。

◎失踪中の老齢年金は

行方不明にかかわらず振り込まれていた夫の老齢年金は、妻も夫と共同生活を送っているのであり、生活費として妻が消費して何ら問題はない。
夫の留守を守り、日常家事に伴って生じる公共料金等は夫婦の共同責任であり、夫の年金から消費するのは当然である。
生活費に限っては法的な問題は生じない。

●失踪宣告後の夫の年金は
失踪宣告がなされた日まで夫の老齢年金は口座に振り込まれ続けられていましたが、これは失踪宣告とともに年金事務所に赴き、死亡届を提出することとなる。
これを行わないと死亡した者への年金振り込みとなり、返還しなければならない。

▼未支給年金は…

年金を受給の者が死亡した場合必ず未支給の年金が発生します。
年金は後払いですので、1月〜2月分必ず貰わずに日本国民は全員が死亡するわけです。
(おかしな制度です。後払いでなく当月払いで1日に支給すればこの問題は解決するが)

この本人が受給するはずの年金ですが、本人でなく遺族に貰っていただく制度です。
これを未支給年金と呼ぶ。
通常妻など死亡した者と生計を同じくしていた遺族が請求によりこれを受け取ります。
未支給年金は相続ではなく、遺族の一時所得扱いとなります。
本件の場合、失踪中ですので生計を同じくはしていないので、未支給年金を受けれる遺族はいないこととなります。


◆未支給年金を受け取れる遺族

年金を受けていた方が亡くなった当時、その方と生計を同じくしていた、
(1)配偶者 (2)子 (3)父母 (4)孫 (5)祖父母 (6)兄弟姉妹 (7)その他(1)〜(6)以外の3親等内の親族 です。
未支給年金を受け取れる順位もこのとおりです。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


上を向いて歩いてきた永六輔と新生日本    

2016/07/12 09:37
span style=color:#090>50年前…日本:1961年 昭和36年 世界に誇る歴史的快挙が生まれた。

4月1日
一つは戦争がなく平和な日本国家の基本方向「国民皆年金皆保険」制度発足

50年前の今日 7月21日

もう一つが音楽2流国だった日本の歌が世界を席巻した。
「スキヤキソング:上を向いて歩こう」が中村八大リサイタルで初めて世に出た日。
燎原の火のように瞬くまに日本中そして世界中で歌われるようになった。

元々は中村八大が1961年7月21日に開催した自身のリサイタルのために制作した楽曲であったが、曲直瀬信子の推薦により、坂本九のシングル曲としてレコーディングされることになった。

1961年7月21日、産経ホールで開催された「第3回中村八大リサイタル」で、坂本九の歌によって初披露された。 同年8月19日、NHKで放送されていたテレビ番組「夢であいましょう」でテレビ初披露
同番組において、1961年10月・11月の「今月のうた」として発表され、同年10月15日にレコードが発売されると爆発的なヒットとなった。
当時の日本のレコード売り上げランキング(『ミュージック・ライフ』誌に掲載されていた国内盤ランキングでは1961年11月 - 1962年1月まで3ヵ月にわたり1位を独走した。


ともに新しい日本を作ることのシンボル事業となった。


50年後…日本


今年で生誕70年の歌手、坂本九さん(1941〜85年)のヒット曲「上を向いて歩こう」(昭和36年)が東日本大震災後、静かなブームを呼んでいる。
被災地でミュージシャンに歌われたり、復興に向けたCMソングに起用されたり…。曲のダウンロード数も震災後は約5倍に膨れ上がった。
今月21日に発表から50年を迎える

上を向いて歩こう
にじんだ星を数えて
思い出す 冬の日 一人ぽっちの夜
幸せは星の上に 幸せは月の上に

上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
手をつなぎ歌おう 若い僕らの歌


東北で…坂本さんの長女で歌手の大島花子さん(37)。「主人が生きていたら被災地に行ったと思う」と話す母で女優の柏木由紀子さん(63)、妹で歌手の舞坂ゆき子さん(34)とともに被災地でのチャリティー活動に励み、10日に岩手県釜石市で開かれたミニコンサート(ビーフアンドラムニュージーランド主催)では約350人の前で「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」などを歌った。

テレビで…  平成23年7月18日 NHKテレビ 22時から
「…上を向いて歩こう…日本人の希望の歌…その真実」が放映された。
世界で愛される理由を貴重な証言や未公開映像で解明。
6:8:9の不思議なトリオの話も面白いが、背筋が寒くなる程、鳥肌立つほど感銘したのは、トリオもレコード会社もマネジャープロダクションも皆が皆新しい音楽の創造に燃えていたことだ。映画化されたが、映画の中でも新生日本が廃墟から立ち直ろうと必死に明るく挑んでいるシーンが続いていた。

50年前…音楽の世界で…新生日本が世界に挑戦

上を向いて歩こう、別名:スキヤキ、SUKIYAKI)は、坂本九の大ヒット曲。作詞は永六輔、作曲は中村八大[1]、プロデューサーは草野浩二。

米国ビルボード(Billboard)誌では、1963年6月15日に、週間ランキング第1位を獲得。
ビルボード誌1963年年間ランキングでは、第10位。
後に数多くのアーティストによってカヴァーされ、いまだに外国人によるモノマネのネタにもされる。

約70ヵ国で発売され、総売り上げは1300万枚以上[8]とされる。
また1988年までにアメリカのラジオでのオンエア回数は100万回を超えた。

2005年6月から「上を向いて歩こう」がイギリスの携帯ネットワーク会社スリー・モバイルのCMソングに起用され、問い合わせが殺到。

同年8月29日にイギリスで坂本九のアルバム「メモリアル・ベスト」が発売された。
9月には「上を向いて歩こう」をシングル発売。
アルゼンチンではスペイン語に訳されアルゼンチン・タンゴへと編曲され、1964年に「SUKIYAKI(Naranjos en Flor)」として、南米長期滞在中であった日本のタンゴ歌手・阿保郁夫が歌い、空前の大ヒットとなっている。

それぞれの努力
才能も…


坂本九さんはプレスリーの音楽を全力で吸収し、その音楽に日本人の言葉、血、文化を融合させて自分のものにした。新しい日本文化を作る最前線に立っていたから、世界に通用する歌い方になった。テレビ時代の到来にふさわしい、家庭的でどこにもいそうな明るいキャラクター、歌も決してうまくないスターきどりしてない身近な存在だった。

永六輔さんは12歳の男の子が一人で夜星を見てさびしがっているイメージで作詞していた。安保闘争で挫折した自分に重ねて。

中村八大さんは譜面に仕掛けを重ねた。坂本を生かしながら、ジャズ風に、アジアの5音階で味付けし、米国スタンダード楽譜構成にまとめる世界中に通用する工夫
だった。
若い才能が躍如していた。

時代も…

地方の若者を、都会に集団就職させる多かったのですがそういった親元を離れて、都会で暮らしている若者たちの故郷への想いや、過酷な労働に向き合う姿を、歌にしたものです。

歌詞の中で思い出している「春の日」「夏の日」「秋の日」は遠く離れた故郷の四季の風景で、それを、都会での「一人ぽっちの夜」に思い出しているのです。
故郷を思い出しながら一人ぼっちの夜に涙する、でもいつかは幸せがやってくるはずと。


国政中枢でも…

1961年昭和36年 寿命世界一になる礎:国民皆保険制度がスタートした。

国民健康保険制度が全国市町村で実施された。

 新国民健康保険法は、昭和33年の第28回国会に提出されたが、衆議院の解散のため審議未了となり、さらに同年九月の第30回国会に提出され、再び審議未了となつた。

しかしながら、この法案は、国民健康保険の全国普及を達成するために欠くことのできない基礎的条件を整備するためのものであり、法案の成立に対する一般の要望もきわめて強いものがあったので、第30回国会で問題となった諸点について修正が加えられ、三たび第31回国会に提出され、ついに33年12月23日に国会を通過し、34年1月1日から施行されたのである。

 新国民健康保険法は、被用者保険の適用を受けない一般国民を対象として医療保険を適用していくための制度であり、従来の国民健康保険法と相違するおもな点は、次のとおりである。

(イ)市町村に対して、36年3月末までに国民健康保険を実施すべき義務を課したこと。

(ロ)被用者保険の被扶養者が、国民健康保険に二重加入できる制度を廃したこと。

(ハ)保険給付の範囲を被用者保険と同様に改善し、また、給付割合についても5割以上とし、国民健康保険財政の強化と相まつて、漸進的に向上を期することとしたこと。

(エ)医療担当者制度を、従来の個々の保険者と個々の医療担当者との契約による療養担当者の制度から、都道府県知事と医療担当者とが契約する療養取扱機関、国民健康保険医等に改めるとともに、医師、歯科医師等の医療面における主体性の明確化、その法律上の地位の安定などを図つたこと。

(ホ)これまでの事務費および療養給付費に対する国の補助金制度を、国が義務として支出する負担金制度に改め、事務費についてはその全額を、療養給付費についてはその2割を、全市町村に対し一律に負担するとともに、国民健康保険の財政の調整を図るため、療養給付費の5分に相当する調整交付金を設け、国民皆保険体制に対する国の責任を明確にしたこと。

 なお、新国民健康保険法の施行にあたつて、その経過措置を定める国民健康保険法施行法が同時に施行され、36年3月末まで、およびその後における例外的な経過規定を設け、新国民健康保険法の実施の円滑化を期している。



昭和36年 1961年当時 日本の平均寿命 女性70歳、男性65歳
平成28年 永六輔永眠83歳 
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


従業員5人以上の個人事業所です、社会保険加入していたが、今度5人未満になったので脱退したいが?

2016/07/11 14:09
社会保障相談室124

個人事業主です。
5人以上従業員がいたので社会保険に加入していました。
ここで従業員が減り、3人になりました。
社会保険の加入は義務がなくなるのでは、脱退したいのですが?



回答T 年金機構ホームページ等を見ると脱退可能のようだがしかし…

個人事業所が5人未満になり社会保険を脱退するとき…必要手続き

大臣認可が必要
  
「任意適用取消申請書」に従業員の「脱退への同意書」添付し年金事務所適用調査課に提出

社員数が5名未満となった事で社会保険を脱退したいという場合には、被保険者の4分の3以上が脱退に同意したとき、事業主が申請して厚生労働大臣の認可を受けることにより適用事業所でなくなることができます。
この場合、同意をしなかった被保険者も含めて健康保険および厚生年金保険の被保険者でなくなります。

個人事業所が廃止・休止する場合は…

健康保険・厚生年金保険適用事業所全喪届を提出する


この届出は、事業の廃止(解散)、事業の休止(休業)、他の事業所との合併及び他の適用事業所での一括適用等により、適用事業所に該当しなくなった場合、事実発生から5日以内に事業主が行うものです。
なお、任意適用事業所が任意適用事業所の取消しの申請をする場合は、同時に「任意適用取消申請書」の提出が必要です。
 同意書には同意する従業員氏名、生年月日、基礎年金番号等を記載

厚労省問答集から
任意適用事業所(新規適用が厚生年金保険法第6 条第3 項並びに健康保険法第31 条に基づく事業所)が厚生年金保険法第8 条第1 項及び健康保険法第33 条第1 項に基づき、適用事業所でなくするための厚生労働大臣の認可を受けようとするときは、厚生年金保険法施行規則第14条及び健康保険法施行規則第22 条に基づき、取消の申請(任意適用取消申請書)を行うこととなるが、当該事業所の被保険者が0 人の場合には、厚生年金保険法第8 条第2 項及び健康保険法第33 条第2 項に基づき同意をする使用される者が存在しないことから、当該同意書の添付は不要である。

また、被保険者が0 人の場合において、事業主の所在が不明である場合等、取消の申請を行うことが現実的に不可能であると考えられる場合には、職権において適用事業所でなくすることが出来る。

なお、新規適用が厚生年金保険法第6 条第1 項第1 号及び同項第2号並びに健康保険法第3 条第3 項に基づく適用事業所については、厚生年金保険法第7 条及び健康保険法第32 条の規定に基づき、みなしの任意適用事業所となっているものがあるが、こうした事業所が被保険者が0 人となり、適用事業所に該当しなくなった場合の取扱いも同様である。

ただし、厚生年金保険法第8 条第2 項及び健康保険法第33 条第2項に基づき同意をする使用される者が存在しないことから、みなしの任意適用事業所となっていることが実務上特定出来ない場合は、厚生年金保険法施行規則第13 条の2 及び健康保険法施行規則第20 条の届出(適用事業所の全喪届)によって手続きを行っても差し支えない。


回答U  現時点の現場の対応は‥厳しい現実に対処を…

本件について厚生労働省年金局法制担当に問い合わせましたら日本年金機構:年金事務所に適用関係は委託してあるので年金機構:年金事務所聞いてくれとの回答でした。

それで年金事務所適用調査課に尋ねましたら「いったん適用事業所になったら5人未満でも加入継続しなければならないこととなっている」との回答でした。

業界のシンクタンクと言われる社労士の大先輩に確認しましたら、「現場の取り扱いとしてやはり今は年金事務所回答のように一旦適用事業所になったら5人未満になってもそのまま社会保険は加入継続しなければならないことに現在はなっている」との回答がありました
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


<<  2016年7月のブログ記事  >> 

トップへ

年金・医療・失業・労災困ったときの助かるブログ 2016年7月のブログ記事/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる