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新国立美術館でフェルメールの「牛乳を注ぐ女」と第39回日展を観る 都バス 品川発新宿行きの都バスに乗車。全区間200円の統一料金は安い。 山手線や地下鉄と大違いの風景画が車窓から楽しめる。 品川駅北口から乗車する時、新国立美術館に行く方面を尋ねたら「このバスで良いよ。青山斎場前で下車すればすぐだから」とのこと。そして降りるときには「バックしてY字路を左に行けばすぐです」と本当に親切に教えていただく。田舎なら分かるが大都会のバスで、暖かい人情に触れる。これが東京のバスの良さだ。 品97系統。品川駅前乗車→泉岳寺→古川橋→天現寺橋→西麻布→青山斎場下車(17駅) 以降は→権田原→信濃町駅→四谷3丁目→新宿3丁目→新宿駅西口終点まで30駅 六本木・新国立美術館 ガラスをふんだんに使用した曲線を描く外観に驚く。 先ごろ亡くなられた黒川紀章氏と日本設計の共同体による設計で、 東京大学生産技術研究所の跡地に、2002年の7月から2006年5月まで、3年半余りかけて建てられました。 地震対策や環境に配慮した構造になっています。 地下1階・地上4階の、この美術館の延べ床面積は約48.000 uです。 建築のコンセプト 設計者 黒川紀章氏より 国立新美術館は、世界でも有数の企画展示室・公募展示室をあわせ持つ美術館である。 10を超える展覧会が同時並行で開催できるよう、作品搬出入は、あらゆる意味で機能性を重視している。 他方で、エントランスロビーのアトリウムは21.6mの天井高で、透明で大波のようにうねる外壁面が特色である。 日射熱・紫外線をカットする省エネ設計でありながら、周囲の森と共生する建築である。 いつも人々が訪れ、レストラン、カフェ、ミュージアムショップが、新しい東京の芸術文化のサロンとなることを願っている。 牛乳を注ぐ女 フェルメールはオランダ南部デルフトにて1632年出生。43年の生涯に残した作品は30点ほど。代表作「牛乳を注ぐ女」は1658年から59年にかけての26歳頃の作品。 中央に女性、右はひかりに輝く一色の壁、左に色々な品物を配置した構図。当時黄金に比す位高価な青色素を使用している。甕から皿に移される牛乳の注ぎ、そして牛乳を注ぐ女性から醸し出される人のために働く献身的誠実さ、勤勉さ……この確かな存在感が時空を越えた絵画と言われる所以である。 彼の作品に共通する独特の柔らかさ、静穏さは30点の寡作もあいまって多くの人を魅了してやまない。 彼の作品のベスト1はこの「牛乳を注ぐ女」でベスト2は「真珠の耳飾りの少女」。こっちはあどけない少女の顔に世界中が引き付けられています。最も全35作品の大部分が女性をテーマにしているけれども! フェルメールは「静謐の画家」 作品は鑑賞する者にきわめて静かな印象を与えるものが多く、登場人物も、たいてい1人か、せいぜい2、3人です。1人の場合は女性が多く、そして寡黙。じっと静かに編み物をしていたり、手紙を読んだりしているだけ。さりげない日常のひとコマにすぎません。描かれている場所も小さな部屋の中──これが大雑把にいったフェルメール作品の特徴です。 牛乳を注ぐ女の歴史的意味 『牛乳を注ぐ女』は、一見平凡な風俗画のたたずまいを見せながらも、実は絵画史上きわめて独創的な作品であると言わなければなりません。 ともすれば軽く見られがちな使用人を主人公におき、同じ人間としての視線を送ったフェルメールの目。 その温かな思いが根底に流れていればこそ、私たちは『牛乳を注ぐ女』を一目見るや、それとは気づかないうちにも、心温まるものを感じ取っているのではないでしょうか。 また、フェルメールが市井の人間に目を向けたのは、当時のオランダが置かれていた状況と呼応しているとも考えられます。 強大なスペイン帝国の属国として、常に圧力を受け続けていたオランダは、力関係から言えば「下」の存在でした。 しかも本国スペインが宗教国家、貴族国家として名誉を誇っていたのに対し、オランダはあくまでも商業国家であり、市民国家でした。フェルメールが一般市民に讃歌を贈る絵を描いたとしても何の不思議もないと思われます。 今回は初公開だが、オランダのアムステルダム美術館が大改装となった機会にこの1点が借りれた由。会場はウイークデーだが超満員、これだけの集客力ある画家はそうはいないだろう。 日展 上野から六本木・新国立美術館に移って初めての開催。約3000点の日本画、洋画、工芸、彫刻、書が展示されて壮観。さすがに疲れた。今年39回だが、明治40年第1回文展から100年記念の開催。 作家が直接解説する企画もあって、ちょうど彫金、鋳金などの作品解説があり興味を引いた。文部科学大臣賞は絵画、総理大臣賞は工芸彫刻に贈られていた。 日展(にってん)は、日本を代表する美術展覧会の1つ。名称は、「日本美術展覧会」の略であり、またその展覧会を運営する団体の名。 官主導の美術展覧会、すなわち「官展」の系譜を引き継いでおり、公募展の中では最高の権威ではあるが、美術界ではその保守的な態度に批判の声も多い。榊莫山など、批判の意を表して退会する人もいる。 明治中期には日本画の組織として旧派の「日本美術協会」と新派の「日本美術院」の対立構造が明確化していた。 さらに黒田清輝の帰朝によって、西洋画も旧派の「明治美術会」と新派の「白馬会」という対立が発生する結果となった。 このように美術界の抗争が激しくなる中で、これを調停する目的から文部省が各派を統合する形で国家主導の大規模な公募展、すなわち官展として開始したのが「文部省展覧会」(文展)である(これを「初期文展」とも呼ぶ)。 そして明治40年(1907年)に第一回展が開催された。 以後、帝展、新文展、そして戦後の日展へと移り変わり100年が経た。 今回開かれる「第39回日展」は社団法人として再出発して通算50回目、さらに1907年の第1回文展まで遡れば、通算100回目の記念すべき展覧会だ。また、今まで会場だった東京都美術館から国立新美術館へ移転後、初の開催となる。今回は応募総数14,678点から2,377点(うち、348点が新入選数)が入選。 東京ミッドタウン 帰路ウオーキングでまもなく東京ミッドタウン西へ。今日は3星レストランも発表されたがこちらは地下のカジュアルダイニングで昼食。秋田県産「比内地鶏」による親子丼、本物ですとウエイトレスも笑って答える…そうこの笑いが信頼を生む、大切な接客のポイント。今井屋茶寮はお勧めの店。 地下鉄六本木駅から霞ヶ関乗換え東京駅へ。改装された銀の鈴で夕食の弁当は京都と沖縄の駅弁。ものすごい人並み、不景気はどこへという熱気。 ブログランキング http://jobranking.net/44/ranklink.cgi?id=1346 |
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国際芸術見本市(ジャパン・アート・フェス... 2007/11/20 11:13 |
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