映画「ありがとう」も観た、「還暦ルーキー」も読んだ。後は見習い精進精進、プレーを楽しむだけだ。

講談社発行 平山譲著「還暦ルーキー」216ページ
仙頭武則 製作 万田邦敏監督 映画「ありがとう」 出演 : 赤井秀和 、 田中好子 、 薬師丸ひろ子



残っていたゴルフバック

平成7年1月17日 夢であって欲しいと思ったが現実だった。阪神淡路大震災。長田区に住む古市忠夫は店、家、家財道具全てを失った。家族の無事が救いだった。消防団員なので命がけでその日から救出に出動し、その後も町の復興にも一心不乱で働いた。
そして瓦礫の撤去のある日、古市のマイカーがなんと焼けずに残っているのに気づいた。ポツンと1台無事だった車。奇跡だ。いつもの駐車場は跡形もない。
追いたてをくい、やむを得ず停めた遠くの立体駐車場。
トランクを開けた。全身が凍った。
あれほどの大震災に…無傷で…ゴルフバックが残っていたのだ!
これは神様が自分に唯一残してくれたもの、神様は自分の夢を叶えるよう残してくださったのだ。
いつもはバックをすぐ自宅にしまったが、その日は何故か車に入れたままだったのだ。いくつもの偶然が重なり残ったゴルフバック、これも奇跡でしかない。

18歳以上がプロテスト有資格者とする。彼はプロになるために350万円かけた。

60歳近い古市忠夫は決心した。「住宅ローンの2千万円プロになって稼ぐよ」
妻に打ち明けた。「受けるにいくら必要?」聞かれて答えた。「100万円位だ」「アカンお父さん何考えてるの、話ならんわ」
金がないのでコースには出られなかった。その代わり特訓で練習場のマットは擦り切れた。
自宅廊下を人口芝で敷き詰めグリーンとした。海浜でバンカー練習、深夜は2時間素振り。
昼間は走りに走った。そして泳ぎに泳いだ。
道具はシニア認定のおかげで無料の「ブルー
パワーシャフトセット」を確保。家族も知人も優雅な若者に対した貧しい老人の姿を呆れ嗤った。しかし走り及び素振りを続ける古市に妻は黙って100万円を出した。
友人は「力は皆に劣るかもしれない、でも情熱だけは誰よりもすごい、負けるな、挑戦しな」と勇気つけてくれた。

鈍色の一番ティー

茨城県セントラルゴルフクラブ。
149人の若者がしのぎを削っている。そこに一人もうすぐ60歳が混じる。
日本プロゴルフ協会資格認定プロテスト最終テスト会場だった。

若者には再挑戦がある。しかし古市には許されなかった。これが最後のチャンス。
プロになり稼がなければならない、動機だけは149人以上に、誰よりもあった。
古市のティーショットの番になった。彼はまっすぐコースに向かい合羽のズキンを取り頭を深々と下げた。彼の奇行に皆は目を瞠った。「ありがとう」。
それから鈍色の彼方にドライバーショットを放った。
平成12年9月5日、台風が直撃していた。

黄昏色の十八番ティー

43歳のキャデイ飯島はプロテストのキャデイ勤めは苦手だった。一打一打に人生が掛かっている。胃が痛んだ。なるべく選手から離れ聞かれないように避けていた。

しかし古市と回って驚いた。自分の父親と同じような年寄りがなぜここに。
もっと驚いたのはコースに頭を下げ、整備員やキャデイ一人ひとりに言葉をかけ感謝を表す。
そんな彼に彼女はいつしか積極的にグリーンのラインを助言した。
読み違いも他の人と違い怒鳴ったりせずニコニコ笑うだけだった。そして「ありがとう」
私がここでキャデイして得た全てをこの人に注ぎ込もう。飯島は決心した。

15番ホール、ミドル、373ヤード。
渾身のドライバーだったがボールは松林に。飯島は言った。「とんでもないところね、でも古市さんなら出せるわ」と一点木々の間の青空を指差した。
9番アイアンを古市は出した。ボールはどこかに飛んだ。どこだ。

飯島の声「花道、古市さん、花道よー」。駆けつけると飯島が泣いていた。グリーン近くの
花道、絶好のポジションに古市と書かれたボールがあった。
「あんなところから! 本当言うとタイガーウッズでも無理と思った。すごい!古市さんプロになれるわ」 「ありがとう」
後は押せ押せだった。一気に、慎重に力を尽くした。最終18番も読んだ通りにボールは転がりカップに吸い込まれた。
長い一日。日は遠く傾いていた。芝は黄昏色に輝いていた。
テストは終わった。合格。

平成12年10月26日。春日井カントリークラブ。

日本シニアオープン。高橋勝成プロの次に古市忠夫プロと紹介された。
高橋は「シニア新人です」とアナウンスに応え笑いをとった。
次の古市は「私も新人です。先月還暦を迎えました。
先月プロテスト受かったばかりで今日がプロデビューの正真正銘の新人です」と応えた。

観客はどよめいた。そしてコースに向かい、帽子をとり深々と頭を下げた姿とそのつるつるの頭に観客は又どよめいた。そしてそれからチタンドライバ-の劈くような彼のショットに又又どよめいた。高橋より前にボールは飛んでいった。「ほな、行って来ます」60歳は歩き出した。

60歳、老後を心配する頃である。そこからの挑戦。
「もう」と「まだ」では全く違う人生があるという。
オリンピックで金メダル取るより難しいくらいの60歳でのプロゴルファー達成。
その力の源は感謝の心であった。大震災を体験しての感謝の心。
この本の印税を古市は「タイガーウッズ基金」に寄付した。この縁でタイガーと実際にプレーも出来た。本の中でタイガーをコースに招待し一緒にプレーすると夢を語るシーンがあったがこれを実現させた。


今年69歳。二つの夢がまだ残っているという。
一つが災害に強い町つくり。愛する神戸を災害から守れる町にしたい。
二つ目がエージシュートを達成すること。自分の年齢と同じスコア。70歳で70で回る。
まだまだ挑戦、これから本番。笑いと希望に溢れる古市さんだった。


2002年、関西プログランドシニアで優勝。2006年映画「ありがとう」公開。
古市忠夫氏は主任児童委員でもある。毎日通学路に立ち子どもたちの安全を見守る。


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自由国民社発行「口語民法」に学ぶ

第5章  法律行為

第103条 「権限の定めのない代理人の権限」

権限の定めのない代理人は、次に掲げる行為のみをする権限を有する。
1 保存行為
2 代理の目的である物又は権利の性質を変えない範囲内において、その利用又は改良を目的とする行為


労働基準法 労務行政発行「労働基準法:労働法コンメンタール」に学ぶ

第12章   雑則

第112条 「国及び公共団体についての適用」   

この法律及びこの法律に基づいて発する命令は、国、都道府県、市町村その他これに準ずべきものについても適用あるものとする。

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