日本書紀から地震が記述されている。これほど古くまで遡り地震の記録を詳しくたどれる国土も世界ではまれで

日本は有数の地震国であるが、それだけに地震の記録が古代、過去数千年に及ぶ文字記録として残されており、これほど古くまで遡り地震の記録を詳しくたどれる国土も世界ではまれである。多くの人たちは地震から身を守るために、自分の住んでいる地域で過去起こった地震を知りたがっている。それは備えの大きな第1歩である。

地震がなければ日本列島は存在しない。プレートの運動がこの列島を形成し、活断層が起伏に富んだ美しい地形を造った。沈降し続ける空間に砂や粘土が堆積し東京、大阪、名古屋など大都会が発達した。
地震とともにある市民生活は、それだけに過去の地震記述から知識と教訓を得ることが大切である。

中公新書 発行  寒川旭著「地震の日本史」268ページ

縄文時代の地震跡

琵琶湖北西:北向仰西海道遺跡で、縄文時代から弥生時代にかけての集団墓地が発見された。現場には噴砂が流れた痕跡もあった。液状化現象がここで起こったのである。今から3,000年あまり前の縄文晩期、確かにこの地を大地震が襲ったのである。
著者はこの遺跡を見て、考古学的分析に加え、新しい研究分野「地震考古学」を提唱するに至った。

日本のポンペイ

群馬県黒井峰遺跡では1982年の調査で、榛名山噴火によって火山噴出物に埋もれた古墳時代の村、豪族屋敷跡が姿を現した。当時の村の様子が再現され、日本のポンペイと呼ばれた。竪穴式住居跡の床面を引き裂く地割れの年代区分から6世紀後半から11世紀にかけ、3回の榛名山噴火に伴う地震が発生したことが明らかになった。

日本書紀

天武天皇の命により720年に日本書紀が編纂された。ここに地震の記述も多くされている。
675年是月大地動、677年大震動など大和国での地震、天武天皇7年条には九州の筑紫地震の地割れ、地滑り、そして人々の被害の様子が詳しく記述されている。これに基づき水縄断層帯の活動による筑紫地震が発生したと考えられ、考古学と地質学、地震学共同の調査研究が行われている。


最古の南海大地震記録


日本書紀684年条には、11月29日西日本一帯が激しく揺れ、太平洋沿岸へ津波が押し寄せ、高知平野は沈降し、道後温泉も止ってしまった。プレート境界で発生したいわゆる南海巨大地震であった。
昭和21年発生した昭和南海地震の災害の記録と、この日本書紀の684年白鳳南海地震と呼ばれる地震の記述は、両方の特徴が一致していた。
日本書紀には当時の地震の記録、被害がそのままくわしく記述されているが、これは日本書紀の編纂方針を物語り、内容に矛盾もなく、現代の研究による地震痕跡も確認されている。


天正地震の悲劇


1586年1月18日午後10時過ぎ。大地が割れる程の雷の轟きと共に大地震が加賀藩木船城を襲った。前田家にとっては佐々氏との激しい戦で勝ち取った木船城であったが、倒壊し城主前田秀継は妻と共に圧死。山内一豊の居城長浜城も襲われた。妻千代との間の一人娘よねが乳母とともに崩れた屋根の下で息絶えていた。「一豊公記」「フェロイス日本史」
この天正地震により倒壊した長浜の邸宅でほとんど手付かずで埋まっている遺物が発見された。400年後蘇ったのである。1999年、この遺物の編年を考えるシンポジウムが長浜で開催された。

宝永地震


1707年10月28日午後2時 東海地震と南海地震が同時に発生した。
土佐古今大地震記=高知城下では流家11、170戸(亡所と表現されている)、死者1,844人
今昔地震津波記=津波により大阪道頓堀に数百隻が飛び込んだ。50石以下の船は押し流される被害おびただし。
折りたく柴の記=富士山宝永火口から溶岩流れ須走村破滅させ火山灰は江戸にも降下。


ハ重山地震


1771年4月24日 沖縄:石垣島を中心にするハ重山諸島に大津波が押し寄せた。
死者行方不明12,000人。

安政東海地震:南海地震


1854年12月23日:下田日記:下田町に津波が7~8回襲い町は野原になった。
折から下田に来航いたロシア船が献身的救助に当たったことが記される。
翌日の1854年12月24日:大地震実録記=串本町古座では前の日の大地震と津波に肝を潰して山に逃げていた。家に戻った矢先、更に激しい地震が起こった。一斉に又山に逃げたところに約9メートルの津波が襲う。徳島では一面に土地が裂け、鯨の潮吹きのような光景が多くの場所で見られた。液状化である。

稲村の火

小学校国語教本:逃げる人々のために自分の全財産である稲塚に庄屋五兵衛は火を放ち、神社通じる道を照らした。村人はこれを目印に避難、九死に一生を得た。
五兵衛は自身の全財産を無くしたが、堤防工事を立案、村人はこれに協力し、村人は五兵衛を生ける神と信じた。その後1933年の三陸大津波が起こり3,000人の命が奪われた。政府はこの稲村の火を国語教科書に採用して、地震と津波の恐ろしさを啓発した。

21世紀の地震

日本の大地震である100年ごとに発生する南海:東海の歴史は、実は時代の節目と一致している。
正平巨大地震は南北朝騒乱期、明応は戦国時代始まり、慶長は天下統一、宝永は幕府の衰退、安政は開国と幕府終焉、昭和は太平洋戦争と、歴史の移り変わりと一致し大きな影響を与えていることが分かる。
阪神淡路大震災以降西日本全域は地震活動期に入った。
鳥取西部地震、新潟中越地震、中越沖地震、福岡県西方沖地震の起こり方は21世紀中頃までにプレート境界から起こる巨大地震が発生する規則性の一部と考えられている。
南海大地震と東海大地震が同時に発生したことも歴史は語っている。
首都圏直下型地震も絵空事ではない。
予知技術を含め地震研究は進んでいるが日進月歩である。また地震を記述した過去の書物からも貴重な教訓が得られる。与えられた運命の中で地震に対してどのような対処したか、それらを知ることは最新技術の開発と同じように自分たちを守る上で重要である。

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第2章  人(自然人)


第24条「仮住所」

ある行為について仮住所を選定したときは、その行為に関しては、その仮住所を住所とみなす。
解説

当事者はある取引について、仮住所を定められる。
しかし履行地に関してなら、履行の場所を約定すれば良い。
強制執行する場合も、都合よい送達場所を届出れば良い。

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第2章 労働契約


第23条「金品の返還」

使用者は、労働者の死亡又は退職の場合において、権利者の請求があった場合においては7日以内に賃金を払い、積立金、保証金、貯蓄金その他名称の如何を問わず、労働者の権利に属する金品を返還しなければならない。
前項の賃金又は金品に関して争いがある場合においては、使用者は、異議のない部分を、同項の期間中に支払い、又は返還しなければならない。


解説

24条で賃金は、支払日が到来するまでは、これを支払わなくても通常の場合使用者は履行遅滞の責任には問われない。
しかし例外規定として、労働者の死亡又は退職の場合においては7日以内に支払う義務を本状では使用者に課したと解される。
本条に違反した場合には、30万円以下の罰金に処せられる。

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