絢爛たる北条の女たち 第十話北条家盛り上げに貢献した娘たち勢ぞろい

絢爛たる北条の女たち 第十話北条家盛り上げに貢献した娘たち勢ぞろい

関東三国志、明日をも知れぬ戦国時代
政略結婚によって嫁いだ北条の娘たちは、実家と婚家との架け橋となる重要な役割を果たしつつ、その役割を担える事を誇りに思っていた…

父母や兄弟姉妹との切ない別れ、遠い嫁ぎ先への駕籠の中は悲しみの涙でいっぱいになっていた。
しかし思えば母も、婚家の新しい母も同じ境遇、同じ身の上である。
父や兄弟もいったん戦が始まれば、いつ討ち死にするかわからない戦国の世。
異国への遠い旅の中で、いつしか娘は、諦観、覚悟というものが体の心底から沸き上がってきていた。
ここが私の新しいお城…到着し城門をくぐり駕籠から降りながら天守閣を見上げるその姿は、凛として艶やかな姿が一層際立って見えた。

これからはこの新しいお城で、私が大黒柱として家の事を仕切り、跡継ぎを生み育て、夫に何かあればその代役をこなします、私はもう北条の娘ではない。


こうして北条の娘たちは正に皆それぞれに「禄壽応穏」の人に成長していった。


北条5代に全く家督騒動は起こっていない。
団結力が強く、統率に優れ、仁政に努めたからである。
理想国家づくりを目指した北条一族…絢爛たる北条の女たちは間違いなくその中核の一員であった…


北条家初代早雲の子女には四男二女がいた
早雲の娘1、 長松院殿 
 父 早雲  母 善修寺殿
 今川氏宿老三浦三休(三浦氏員)室
 早雲にとって今川氏の政治勢力構成一員であることから家格的にも妥当な婚姻関係。
 今川氏真が家康武田連合に攻められ掛川城から逃げ、北条方を頼り蒲原城に着城したとき、氏真等の一行に、この長松院殿も無事一緒であることが氏政から宗哲(長松院殿の弟)に伝えられている。
 彼女はその後を宗哲の元で過ごす。
 天正13年(1585年)6月14日死去。法名:長松院殿月渓宗珊珊。

早雲の娘2、 青松院殿
  父 早雲  母 善修寺殿
  兄に宗哲(幻庵)
  法名:青松院殿天光貞修大姉。動向、生没年不明は不明

伊豆修善寺郊外に北条幻庵宗哲の菩提寺「金龍院」がある。
金龍院には、幻庵、姉・長松院、妹・青松院、そして母親である善修寺殿のお位牌がある。
開基は幻庵宗哲。
臨済宗大徳寺派早雲寺末寺でしたが、明治の廃仏毀釈の時に一瞬廃寺となり、その後は曹洞宗のお寺として再興された。

北条家2代氏綱子女は四男六女の存在が確認されている
  氏綱の娘1、 浄心院殿
  父 氏綱  母 養珠院殿
  太田資高正室
  江戸城地域最大の領主太田資高との密接な関係形成を図り浄心院を入嫁させた。

 氏綱の娘2、 大頂院殿
   父 氏綱
  母 浄心院殿
  北条綱成正室
  駿河今川家宿老福島氏出身であり大頂院殿を妻とし養子となった
  永禄元年1558年9月10日没、鎌倉大長寺が菩提寺。
  
氏綱の娘 3、 吉良頼康室
   吉良家は江戸世田谷を根拠にする足利氏御一家の極めて高い家格であり、
   北条内部への取り込む意図が氏綱にあった。
吉良氏は氏綱の江戸進出にはこれに従っていた

 
 氏綱の娘4、 咲姫(高源院殿)
  父 氏綱
  母 浄心院殿
  堀越六郎室
  今川氏嫡流の堀越氏との関係強化を図るうえで咲姫(高源院殿)との婚姻は大きいことであった。
  天正14年1586年8月24日没
  菩提寺は小田原谷津の高源院、現高長寺

 氏綱の娘5、 ちよ
  大永6年1526年生まれ 父 氏綱  母 浄心院殿
   葛山氏元室
   葛山氏は当初から北条氏綱に味方した、婚姻で関係強化と継続を図った

氏綱の娘 芳春院殿(足利春氏室)は本ブログ8月30日発信、絢爛たる北条の女たち第一話で紹介しているので省略する。

▽北条家3代氏康子女には九男八女の存在が確認されている

氏康の娘1、 新光院殿
父氏康 母 端渓院  
北条氏繁室
玉縄城内七曲りに居住したことから七曲り殿とも言われた。

氏康の娘2、 種徳院殿
父氏康 母 端渓院 
小笠原康広室

氏康の娘3、 尾崎殿
父氏康 母 端渓院
千葉親胤室
千葉市氏は下総佐倉城を本拠にする大名。
親胤元服直後氏康の娘が嫁いだ

すぐに親胤なくなり尾崎殿も早くに未亡人に。

氏康の娘4 長林院殿
父氏康 母 端渓院
太田氏資室
太田氏は武蔵を本拠地にしていた。

 氏康の娘5 浄光院殿
氏康 母 端渓院
足利義氏正室。
古河公方方関係に嫁いだ
芳春院殿が嫁いだのが4代晴氏、義氏は5代。


氏康の娘6、 円妙院殿

氏康の娘7、 法性院殿
太田康資室
江戸太田氏は二代に渡り北条と婚姻関係を結んだ

氏康の娘 桂林院殿(武田勝頼室)は本ブログ8月31日発信、絢爛たる北条の女たち第二話で紹介しているので省略する。

氏康の娘 早川殿(今川氏真室)は本ブログ9月2日発信、絢爛たる北条の女たち第三話で紹介しているので省略する。


▼北条家4代氏政の子女は、七男三女が確認されている

氏政の娘1、芳桂院殿
父親 氏政  母親 黄梅院殿
千葉邦胤室
下総の大名千葉氏、北条家との関係強化を願い、婚姻が取り決められた。
娘を生んだが、元亀八年八月五日死去された。
享年24歳。

氏政の娘2、鶴姫(竜寿院殿)
父親 氏政  母親 黄梅院殿
里見善頼室
里見氏は房総の大名。北条との和睦後この婚姻が進んだ。

氏政の娘3、庭田重定室
京都の公家に嫁いだこととなった。


北条家5代氏直の子女は2女である
氏直の娘の一人は成人前に死去している。
もう一人は、氏政死後、池田照政に再婚した母督姫に従い、池田照直後の利隆に嫁いだ
父氏直 母 督姫





参考資料
小田原市ホームページ
北条五代観光推進協議会パンフレット「戦国北条家の人びと・禄壽応穏」
新人物往来社発行 黒田基樹著 北条早雲とその一族
教育社発行 江西逸志子原著 岸正尚訳 小田原北条記
新紀元社発行 相川司著 戦国北条一族

ブログ発信  金丸亜紀雄


NHK大河ドラマ「禄壽応穏 小田原北条五代物語」を実現する会 応援しています。

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