これぞ新3本の矢…銀座を、日本を元気にする銀座クラブママの強烈な使命感、存在感

中央公論新社発行 白坂亜紀著
 銀座の秘密  なぜこのクラブママたちは超1流であり続けるのか  222ページ

これぞほんとの新3本の矢…明るく元気を使命とし、ピンチをチャンスに…

首都東京の真ん中、銀座のクラブ、そこはママたちによる大人の社交場
世界中の何処にもない日本独自の銀座スタイル「粋の文化」が夜の銀座に引き継がれている
芸術、文化、経済、政治、様々の分野で活躍する1流人たちの社交場
銀座のクラブママたちは又卓越したキャリアウーマンの先駆けでもある、苦境を乗り越え、毅然と、凛とお店の経営に集中、繁盛させ、自分自身も美しく成長し続ける。
これこそ1流人、
圧倒的な存在感ある銀座のクラブママ11人の生き方と明日のための銀座論、納得の男性論がこの本では展開する/span>

①クラブ・グレ=山口さゆり

東電から銀座へ転機が訪れ決断
奥が深くて面白い、働く女性はプライド高くやりがい感じた
30歳までに自分の店を持ちます
強く願えば夢は叶うのです
光安久美子ママから継承…3歩進んで2歩下がる呼吸が苦しい時を乗り越える
笑顔絶やさずいつもの自分
渡辺淳一先生に相談し応援いただいた文壇部創設
沈んだ日本列島に元気をと著名人一日ママイベントで大震災寄付の貢献
湯川れい子、勝間和代、川島なおみさん等が一日ママ、大盛況になった

1流の人は千里眼持ち叶わないなら切り捨てる厳しさ持つ


②ファーストクラブ=佐々木雅子

アパレル社から転職、自己改革、路上スカウトされ銀座へ、ご縁を大切に
チャンスは背伸びして勝ち取る、34歳でお店を待った、
6時に寝て8時に起きた、緊張の極に
大不況に遭遇、逆転の発想で雇用を拡大
賑やかに晴れやかにお客さんを迎えた、大成功、元気な銀座、元気な日本を皆望んでいたのだ
遠くを見ての決断だった
一旦は行ってしまっても西麻布から銀座に戻るお客さん、そこに銀座の底力がある…

銀座は私の集大成、一歩一歩ご縁を大切に、
成功者は仕事にも遊びにも情熱を傾ける、人脈、縁を大切にする


③クラブ銀花=高瀬理子

静岡駅でスカウトされ芸能界へ 離婚直後だった
23歳、このままで良いのか悩んでいたとき友人から「あなた銀座に向いている」とのアドバイス
芸能界は目の前の反応がない、銀座のクラブは頑張りが成果に直結
自分が生きていくところはここだとビッビと来た。
33歳で自分の店を持った
銀花と凛の姉妹店経営
数少ない路面店に挑戦、ママを3人配置し組織管理緻密に。
銀座の伝統と新しい空気、時代の流れに乗ること大切
ハイリスクハイリターン、ビジネスはやってこそ。
1流の男は言葉に説得力がある、人の心を揺さぶれる男性こそ1流の証拠


④クラブ由美=伊藤由美

放浪記の女給に憧れ夜行バスに飛び乗り銀座へ…18歳の覚悟
23歳で自分の店を持つ、決意秘め一直線人生が始まった…

森田芳光監督から「失楽園」撮りたいがどうかな?との質問、即「やるべき」とお答えした…後に監督から「君のおかげでいい作品が作れたと感謝の言葉

今銀座由美ママの心意気ブログ発信中
著書に「スイスイ出世する人、デキるのに不遇な人 ~銀座のママが教える「リーダーになる人」28の共通点~ (ワニブックスPLUS新書」や「記憶力を磨いて、認知症を遠ざける方法 - 銀座のママと脳神経外科医が語る、記憶の不思議とメカニズム - (ワニブックスPLUS新書」などある。

観察力が勝負、銀座学校を創設したい夢を持つ。
人間力は粋=意気、心意気のある男は人が吸い寄せられる
やるんだという情熱注ぐものに出会えるかで人生は変わる
応援する人も現れます




⑤東京・銀座・ザボン=水口素子

昭和40年代…日本人みんなが元気だった、銀座は夢のような街だった、高度成長の日本の象徴だった、その真ん中銀座の眉出身

鹿児島でのOLだった私は藤沢秀行棋士の付き添いで銀座のクラブ眉へ、そこでいきなり藤沢先生が「ママこの子を雇え」って
眉でカルチャーショック
すごいところだと…松本清張、白洲次郎、小松左京がお客さん
ママの教育も猛烈だった=日経新聞は必読、作家の著書、株と政治動向、銀座大学だった
5年後自分のお店を持った
3坪のお店
丸谷才一先生が鹿児島出の私に因みザボンに、丸谷名附け親はもう1店蕎麦の三平も
親子で来れるお店にしたい
福田赳夫:康夫両総理親子などおいでいただいた
私の好きな酒はウオッカ、2番がテキーラ!酒豪です
この仕事正に天職

常に尊敬の意を表す、精神的ナケアを心掛けよ
銀座のステイタス
人間力、コミニケーションに長けていること
無駄にこと時間が必要
銀座のクラブはそういう場所、男を磨く場所

⑥クラブエル=岩波恵子

教育者一家に生まれ当然のように明治大学進学
卒業後真珠店へ就職
父の店を手伝いへ、店を父が手放す事情から一大転機⇒

銀座眉へ昭和48年、子供を育てながらクラブ勤務
眉は想像以上の素晴らしい空間だった
別世界、接客のイロハ、会社四季報の読破、川上宗薫担当、綺羅星の如くお客様、金丸信も隣の席へ。
昭和60年伝説の眉閉店
銀座8丁目にエル開店、繁盛した。
大沢在昌さんが直木賞受賞お祝いには70人来客

豪勢な時代もあった
お伊勢参り新幹線貸しきりクラブママ女性軍団で
ジャンボ機借りきり雪祭りへ。

今銀座社交料飲協会副会長
プロの女性を育てる教育を徹底させなくては銀座であり続けられない
目の前の人に精一杯の誠意を尽くす、その時間を大切にするそれが銀座の文化
1流人はみな優しい、余裕があるから、さりげなく後で心に響く優しさが共通している


⑦倶楽部あし田=芦田渚


北海道富良野生まれ、兄はムーミンのアニメーター芦田豊雄
お客様に今日は楽しかったとの一言を置いていっていただき、接待する私達は心から感謝し、明日へのエネルギーをお土産に持ち帰っていただくそれだけを考えてきた
真言宗、空海に傾注
密教四度加行に超船
成満
人の苦しみを救う役割を果たしたい
あし田仏教講座開催
清濁併せ持って活きる大切さを銀座は教えてくれる
至誠通天

銀座のクラブ…高い給料、お洒落、素晴らしい1流人から親しくお話を伺い学べる、こんなところ世界に銀座の他ある?自分を磨くチャンスの場です

1流人とは他者のために尽くせる人

⑧Salon・deかじ=梶茂子


北海道旭川生まれ、両親は離婚、飢え、寒さとの闘い
男一人で子供4人を日雇いで育てる。
中卒で就職、キヨスク、ネクタイ売り場、
お金を大きく稼ぐには東京の銀座のホステスになるのだ
決心し青函連絡船に乗り上京。
クラウンに雇われる。ホステスに向いていないと言われる。
英語、お洒落学、接待イロハと猛勉強、やがて一日10組の指名とれる売れっ子にのし上がる。
23歳で世田谷に家を買い、家族を呼び寄せた。
目標達成、次の目標は?、30歳で2児の母に。レストランクラブ開店、経営者に。
北海道から出てきて銀座に向かない女が銀座で50年。店では旭川ラーメンも名物に。

道場六三郎師匠に相談、助力いただき割烹も開店
ハート&ハートが銀座での基本方針。夜の銀座は不滅と信じる。情熱の赤と誠実の白、
がんばる人は希望を語り、怠け者は不満を語る。
時代の流れを読む人、創業の理念を大切に考える人行動する人。

⑨クラブ順子=田村順子

銀座は正装の町、高級クラブは銀座の代名詞。
自動車ショーのモデルから銀座山口洋子経営の姫に。これだ!と直感。
仕組まれたかのような山口洋子さんとの出会い。
山口洋子脈が⇒新しい歌になり、小説になり、映画になり、事業になる、その成功報告でお店が活気に満つ
社交界の切り盛りが銀座のママ=天職を得た。
24歳で順子開店。

銀座の上品な土地柄、上品なお客様、日本の誇る文化です
今残念ですがハングリー精神が少なくなった
成功の秘訣…男運ないことが秘訣だったかしら…、
運が向いてきたら前に出よ、調子悪い時は動かない
行動に緩急を。
仕事も遊びも家族も1流人はダイナミック、大事にする、余裕ある。そこが魅力だ。


⑩魔里=大久保マリ子

魔女だから魔をクラブ名に使った  赤地に黒文字魔里のコースターも斬新だったの
店を始めて50年。
梶山季之のオーラ、メッセージ、優しさに心をすっかり許してお店を始めることに。
梶山が45歳で急死し苦難の道に。
カウンターバーを一人で切り盛りできる方針にした
2012年、魔里50周年を帝国ホテルで開催、錚々たる有名人が発起人、渡辺淳一さんがスピーチ。
司会はピーコ。

勢いのある男性には女性は叶いっこない、絶対勝てない
男のすごいとこは優しいことです
1流になればなおさら、独特の優しさがある
出世する男性はみんな笑い顔がいい
目が違う、燃えて燃えて
そういう人が集まる銀座、だから私もやってこれた
やってこれた秘訣、特にないけど人の話を聞くこと、耳を傾けることかな
人は何かあっても言えばすっきりするものなの
毎日朝6時まで飲んでて、昼間寝てて、夕方店に来ます、それが健康法かな
銀座は当の昔、変わってしまった、クラブも男が経営するようになったし、上品で正装して気合の入る場所でしたが今は、コンビニ、黄色い薬屋、何でもあり、活性化というけどやはり銀座は粋でなくては…、野暮な町なら存続する意味もないでしょ

無欲の勝利だったのかな、浴がないから期待しないし裏切られない、騙されない
1流になる人は皆勢いがある、情熱的、努力家、前向き、目が違う、ぎらぎらしてます


そして⑪大姉御=クラブ稲葉=白坂亜紀

大分の山奥から銀座のクラブままへ
早稲田大学在学中から日本橋のクラブで働く
平成7年、29歳でお店を待った凄腕。
稲葉は銀座7丁目門ビルのB1

銀座は人を磨く街、多少の痩せ我慢をしてもカッコ良くふるまうこと
精神的ややりとりが出来ないと、クラブはたのしめない、
クラブの会計はムード会計、担当のホステスに気を使い、仁義を通すことがうまく飲むこつ

早稲田学報10月号に亜紀ママによるクラブの楽しみ方が掲載されている
①予約入れる、②スーツで、③指名制でなく担当ホステスに、④小さいイスはホステス用
⑤ホステスにもお酒やソフトドリンクを、⑥食事は事前にとっておく、⑦酔っ払わない、社交の場、⑧タバコ、葉巻はNO
⑨長居厳禁、90分まで、⑩支払いはカード、⑪タクシーは店でなく指定乗り場で



渡辺淳一と白坂亜紀ママが銀座というものをテーマに対談

 銀座のクラブママに共通しているのは聡明さだ
昔の銀座の女性は飛びぬけてあかぬかしていた、今は一般の女性が綺麗になった

長塚マサ子ママの眉はしっかりしていた、眉大学で言葉使い、マナー、サービスの細やかさなど徹底的に教育、それで銀座の女性の頭のよさ、あかぬけさが鍛えられた

銀座では気持ちよくさせて帰してくれる、がんばろうとさせるそこが魅力だった

昭和40年代で一人3万円、現在の貨幣価値にすれば15万円くらいかな。
高かった。
銀座のクラブである女性が札幌ラーメンが食べたいというから、即羽田へタクシー、オーロラ人で札幌へ飛んだ、泊まることになった、帰りの便はないから、愛のオーロラ便になった

深夜銀座で飲んでてMそのまま渋谷のオフィイスで原稿書き、朝になる毎日
銀座のクラブに通うのはやはりママがいるから、繋がりで通うんだ
コレカラの銀座も君たちママにかかっているよ、人間愛と文化の為がんばって欲しい。


制作発信 社会保障・安全衛生コンシェルジェ 特定社会保険労務士 金丸亜紀雄

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