英国 ベヴァリッジ報告と、日本 笠井信一の済世顧問制度はともに公私協働こそが福祉の出発点と語っている


第1部  月刊社労士 2014年12月号 社会保険労務士総合研究機構レポート 

ベヴァリッジ報告 の現代的意義


 東北文化学園大学医療福祉学部 森田慎二郎教授著 

ベヴァリッジ報告は第二次世界大戦後英国だけでなく日本はじめ諸外国の社会保障政策に大きな影響を与えた。
その歴史的意義ばかりでなく、21世紀の時代、社会福祉への貢献を使命とし仕事に携わっている社会保険労務士にとっても意義深く活用出来るものであり、その現代的意義を考えてみなければならない


第一の意義=鑑である

社会保険の役割と制度体系を初めて明らかにした古典としての意義。
全ての国民の貧困を防止する社会保険を社会保障の中核にした基本理念は現代日本の社会保障制度と共通している。
現代的課題を映し出す鑑としての役割がある。




第二の意義=公助と自助バランス

昨今新自由主義の名で小さな政府路線が広がっている。
それに対し、ベヴァリッジ報告は、全ての国民公平に最低生活が保障されるナショナルミニマムを基本としている。
更に加えて、拠出に対する権利としての社会保険とともに貯蓄や任意保険など自助の重要性を繰り返し述べている。
このような公助と自助のバランス価値観は現代にも通用する。


第三の意義=幅広い社会政策として社会保障をとらえ、社会保障は国民が主人公で国民の一体感が肝要であるとしたこと。

社会保険がしっかり機能するには雇用が維持されなければならない。
我が国の誇る「国民皆年金皆保険制度」も周辺の社会政策の整備があって機能する、その視点の重要性を報告は教えてくれる。

ゆりかごから墓場までは決して丸抱え、サンタクロース国家ではない、自由の精神に対する信念と国民一体感で勝ち取るのだ。



第2部  ベヴァリッジ報告の社会的意義    (ブログ氏私見)

社会的意義①全国社会保険労務士会の企画:事業として本書が翻訳:発行されたこと。

社会保険労務士総合研究機構では平成24年度総研プロジェクトとして「ベヴァリッジ報告 社会保険および関連サービス」の翻訳・出版をテーマとした。

原書発行以来70年が経ち、旧訳を手にすることが出来ない中、再び本報告書を世に出し、日本の社会保障研究に役立てることが、国家資格者社会保険労務士の社会貢献として非常にタイムリーで貴重な事業であった。
具体的には社会保険労務士総合研究機構が専門性を生かしこの事業に取り組んだ。
このことを当ブログでは高く評価したい。

社会保険労務士総合研究機構は、連合会の調査研究機関として、「これからの社会保険労務士制度の在り方や、将来に向かっての展望を模索し、政策提言していく」という趣旨に基づいて、2007(平成19)年11月1日に創設され,人事・労務管理や労働社会保険諸法令に特化した専門シンクタンクとして、社労士制度、社労士業務に関する内外の事情、 情報について総合的な調査、研究、政策の提言を行い、企業の発展や労働者の福祉を充実 させる各種事業を展開している。

平成22年の研究テーマは、「ヨーロッパにおける非典型雇用 -イギリスとオランダの現状と課題-」や「社会保険労務士制度40周年の歴史、実務の役割(オーラルヒストリー事業」などでした。
平成24年度の7つの研究テーマの一つが本ベヴァリッジ報告の翻訳発行事業だった。



社会的意義②英国 ベヴァリッジ報告と、日本 笠井信一の済世顧問制度はともに公私協働こそが福祉の出発点としていること



★英国 ベヴァリッジ報告がなされたのは1942年。

ベヴァリッジ報告の基本指導原則に「社会保障は国と個人との協力により達成されるべきである」とした。
個人の意欲、機会、責任感を怯ませるな、自発的な努力の余地を残し、奨励すべきとした。
公的扶助、社会保険、任意保険の3つが所得補償の3手法と位置づけた。
自ら備えることのできる自立した市民が設計の念頭にあった。


この思想はなんと英国で本報告の出された1942年の25年も前1917年に日本で既に提唱されていた
 
日本  笠井信一岡山県知事による公私協働の済世顧問制度が創設されたのは1917年


ベヴァリッジ報告の実に25年前、既に我が国は「我が国わが県の福祉の効果的推進には私的救済(地方:個人)と公的救済(中央、国)を結合するという一地方長官の発想、一地方長官のエネルギにより専ら支えられ、いささか特異な地方制度=岡山県済世顧問制度」を有していたのである。

大正6(1917)年5月、「救世顧問設置規定」を公布、民生委員制度の源と言われる救世顧問制度が生まれた

済世顧問制度は笠井の理念によれば、上から押し付けられるのではなく下からの民間自発のものであり、行政はこれと共同作業をなすのである。
この公民、官民という関係が岡山済世顧問制度の歴史的意味であり評価しなければならない事項である。

今日の公私協働という国家福祉の原点、基本枠組みとなっている公私の関係を岡山済世顧問制度は提供しているのである。

この制度は90年経た現在も名称を民生委員制度と変え我が国地域福祉に定着し貢献続けている。



当ブログでは2007/07/13 「90年前、民生委員制度の源「済世顧問制度」を創設 、同10月24日には「公私協働の発端は大正期済世顧問制度」にありをテーマに発信している。過去ブログには右のカレンダー欄から入れます。 ..要点を再掲してみる。

済世顧問制度の精神

第1条 目的  県下市町村の防貧事業を遂行し個人並びに社会を向上せしむること
第2条 任務  精神上の感化、物質上の斡旋等により現在及び将来における貧困の原因を
消滅せしむる

笠井知事が県下市町村長に行った同年2月26日の訓示演説では、貧民の良友、師夫、指導者として貧民に知識を補充して前途の光明を得しめ、誘惑を予防して危墜に近接せざらしめ、職業を紹介し自営に奮励せしむる等々。
第5条  資格は人格正しきもの、身体健全なるもの、常識にとめる者、慈善同情心に富める者、忠実勤勉その職務につくすべき者としてある。

第3条 市にありては15名、町村にありては1名とする

郡市長が詮考の上、推薦し知事が嘱託するものとした。初代顧問79名のうち医師が10名13%を占めていることは、岡山県の保健医療福祉の特質を現し、この制度の実際は人材中心の方針によったものであることも判明する。

この時代における新制度の導入は大きな難関であったことは想像にかたくない。
しかもこの制度の進歩性は、中央の指令を受けて活動する機関ではなく、独立した一個の人格を有する機関としたこと、専用施設を持たない隣保事業と位置づけ、行政機関と対等の関係を見出せるという誠に主体性のある制度機関としたことにあります。

顧問はそれぞれ自己の考えに基づき事業を起こしたという。顧問の裁量による企画実施こそ済世顧問制度の最大特質といえましょう。

大正期に、このような福祉の目的に大胆な志向性を持つ組織を構築出来得えた知事笠井と県議会、周辺の方々にはただ敬服するのみである。
我国福祉の原点はまさにここにあると言えるのではないか。

済世顧問制度は笠井の理念によれば、上から押し付けられるのではなく下からの民間自発のものであり、行政はこれと共同作業をなすのである。
この公民、官民という関係が岡山済世顧問制度の歴史的意味であり評価しなければならない事項である。

今日の公私協働という国家福祉の原点、基本枠組みとなっている公私の関係を岡山済世顧問制度は提供しているのである。公私協働のあり方において笠井の構想した済世顧問制度の影響として次の3つのポイントが指摘される。

ポイント1、委嘱される人は私人である。私人が私人を助けるのだから援助行為は国家政策の一環であっても公費支出が不要なのである。

ポイント2、済世顧問の選出決定権は県知事にあること。これは今も民生委員は厚生労働大臣の委嘱に引き継がれている。官によるものである。

ポイント3、天皇の国家象徴との関係…地方自治とは国家の政務を行う一つの手段これが自治の本義である点。歴史ある町村地域社会を公、私、官、民の軸で再編成する、多数者に対する自治という名の行政への参加奨励でもあった。
明治40年代に始まる地方改良運動の指導方針=自治の名の下行政への参加奨励=の救済事業における一実践形態であった。

我国公私協働の発端は岡山済世顧問制度にあった。大正期にそういう発想をする官僚もいたのである

☆世界に誇る国民皆年金皆保険制度は、我が国伝統の和の精神に立脚し、済世顧問制度とベヴァリッジ報告という内外の優れた理論・制度を背骨に作り上げられたのである。
いかに今後もこの素晴らしい制度を持続発展させるべきか英知を結集しなければならない。
この制度を崩し貪欲な市場主義に晒そうと狙っている勢力があるのも残念な事実。
ベヴァリッジが強く主張するように社会保障は国民が一体となり勝ちとるものである。
負けてはいられない。
国民皆年金皆保険制度発足50周年が一瞥もされなかった事実は関係者一同猛反省しなければならない。
これも残念な事実でもある。span>


制作発信 社会保障・安全衛生コンシェルジェ 特定社会保険労務士 金丸亜紀雄





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