ここから琵琶湖が、日本が、世界が見える…もったいない琵琶湖の宝

新聞を読んで 平成19年6月24日 日本経済新聞32面~33面 
          「湖国の宝 400年の歩み」
          「城、街、人で彦根ブランド


日本経済新聞社が彦根城築城400年祭記念のシンポジウムを開催した。
彦根城の観光入り客は県下15番目にとどまっている実態や琵琶湖の環境汚染によるイメージ悪化もあるが、そんな中で地域資源の再活性化の夢として「あるもの探し」「琵琶湖の太古からの恩恵」「近江商人」「四番町スクエア」等々語られている。

作家対談では「奸婦にあらず」の諸田玲子さんが彦根城に登った印象として戦国の城らしい平山城の工夫などお話されている。また自己決定:自己責任:自己負担の地方分権3原則や我慢:算盤:看板の近江商人の人材を育てる地域性の活用が基調講演で提起されていた。


私は市役所青少年課勤務時代、青少年問題協議会先進地視察として彦根市を訪れた。
まず感心というか圧倒されたのは、この町のたたずまい、品格でした。
当時神奈川県下の市町では、道路と言う道路にテレホンクラブの看板が乱立し、目を覆うような状況で、青少年環境浄化上誠に問題があった。
しかし訪れた彦根市には1本もその種の看板はなかったのである。
その理由は町を歩いてすぐ気がついた。町の雰囲気、品格が違うのだ。
これが井伊直弼を生んだ町、彦根城の城下町なのだと感動させられました。
町の醸し出す独特の空気、伝統、歴史というものの重みなのでしょうか。


そして彦根城天守閣付近で見た井伊直弼の言葉

「ここから人は琵琶湖を見ることが出来る、学びを深くし前を見る人はここから日本を見ることが出来る、そして心を開き日本を考える人はここから世界を見ることが出来る
」 

視察団の一行は皆この言葉に感動し、あらためて彦根城から琵琶湖を眺めたものでした。

さらに禅と茶道にも極めていた井伊直弼の好んだことばに

一期一会 

がある。この意味はいまさら私が語るまでもない。
彼は質索
を旨とするべきだとして「茶湯一会集」を表す。
一会集に出てくる「一期一会」「余情残心」「独座観念」などの言葉は、今の時代にこそ必要な言葉ではないだろうか。

この二つの言葉は、残念ながら新聞紙上にはどこにも記載はなかった。
それこそ「もったいない宝の言葉」だと思う。
ブランドは製品だけでない、人材だけでもない、人との通い合いが希薄になった時代だからこそ、二つの井伊直弼の言葉を大切にし、ブランドに仕上げ、遺産として彦根城400年祭に取り上げて行くべきと思うものです。
彦根城から世界が見える言葉は、現在お城にも掲げられていないことを役所の方にお聞きし
誠に残念に感じています。


嘉永6年6月アメリカのペリーが日本を訪れて開国をせまり、以来鎖国か開国かと国内は非常に混乱した。大老井伊直弼は、わが国の将来を考えて安政5年(1858)6月開国を断行、これに調印し外国と修交を結んだのである。143年前の6月ことであった

制作発信 社会保障・安全衛生コンシェルジェ 特定社会保険労務士 金丸亜紀雄

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