謝罪の為の社長登板とのシナリオ通りだったのに……トヨタとジャーナリズムの鈍感度

シナリオ…

当ブログで丁度1年前の2009年2月4日号で発信したが、当日のオートメレビュー誌1面に「トヨタ自動車の社長交替劇に疑義を呈す」が掲載された。

内容は=

三河の地から出ずにがんばってきた慎重居士トヨタが、がらりと変わり、国外へも果敢に飛び出したのは奥田碩氏が創業者一族に替わり社長に就任してからである。
地道な歩みの大事さより生産拡大一途な超積極姿勢はその後、張社長、渡辺社長に引き継がれ、ついに現在のものすごい過剰設備体質を築き上げてしまった。

従ってこの過剰体質の抜本解消は責任上3社長が身を挺して行うべきである
3者は後始末をしないまま難問題の解決を豊田新社長に託してしまった。

体の良い責任逃れに他ならず到底納得いかない。
新社長の従来の発言を通して判断する限り、品質管理徹底見直し、思い切った統廃合、大規模人員整理、賃下げなどに踏み切れない可能性が高い。
対策が後手後手に回りそうである。

現下の時代潮流の中、対策の遅れは致命傷にもなる。
自動車産業の好調が日本経済に必要不可欠。
盟主トヨタの首脳人事が今後もたらすマイナスの影響が気になってならない。
(オートメ総合研究所長 白石禮三)

中間報告Ⅰ 人事

2009年1月20日、豊田章雄の社長昇任を含む人事案が、トヨタ自動車から正式発表された。
この人事案は、同年6月の株主総会にて提案予定と発表された。
同年6月23日、株主総会により人事案が承認され、代表取締役社長に就任した。

中間報告Ⅱ 鈍感車

2010年1月、新型プリウスをめぐる世界規模でのリコール問題が拡大するなか、ダボス会議への出席を優先。
表舞台での対応は佐々木真一副社長らに委ね、豊田が記者会見を開いたのは2月5日であった。
こうした豊田の対応は「製品品質ではなく、経営者の質の問題」[8]「世界標準を満たしていない」[9]と問題視された。
夕刊フジでは豊田を「こども社長」(トヨタのCMシリーズこども店長になぞらえたもの)と揶揄するネット掲示板での評価を伝えた[8]。

中間報告Ⅲ  礼賛車

平成22年1月12日 朝日新聞1面天声人語欄

2009年新車発売1位プリウス 自動車史は石油史でもある。
トヨタは1993年以来別の姿を探って来た。
G21プロジェクト開発コード8901プリウスがそれである。
雑種を意味するハイブリッド車の勢いと自然の法則が重なる。
企業と消費者が共に満足する道は必ずある。
日本の物作りをもう一度信じてみたい。

…1年前、トヨタの顧客や品質の信頼性重視に疑問を投げかけ、新社長が謝罪をするために登板したが、想定される種々の問題への対応の果敢さが疑問と警告を発信したジャーナリズムもあるし、わずか1カ月前にトヨタとプリウスをなお礼賛したジャーナリズムもある。
わが町は日産のまち、車を替えるとき日産車に決めていたが、ついでにトヨタ車も見て回った。日産車が欲しいのに日産のセールスマンは大きな声をかけないと来ない始末、一方トヨタのセールスマンの機敏さ、的確さ、フォロー(すぐ家まで来て活動していた)は見事だった。敵ながら天晴れと思っていた。10年前、現役最後にと買ったのがトヨタのプリウス。まだ新品みたく大事に使っている。

だから1年前、オートメレビュー誌1面に「トヨタ自動車の社長交替劇に疑義を呈す」を読んだとき信じられなかった。
しかしその後の経過は記事を証明して余りある事実が連続発生し紙面を埋めていた。
それにしても問題がずっと起こり続けていたのにまだ「日本の物作りをもう一度信じてみたい」と礼賛続けていた新聞もあったのも驚きである。感度良好な?両者である。


制作発信 社会保障・安全衛生コンシェルジェ 特定社会保険労務士 金丸亜紀雄


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