母は国の勧めで中国に渡り終戦。帰国がかなえず残留しやっと帰国した。しかし年金は半分しかもらえていない

質問

ねんきん特別便の対応の現場で特別なケースがありましたので紹介します。
中国残留邦人の子どもさんからの質問です。

母は国の勧めで中国に行った。兵隊の服を修理し配布する仕事だった。終戦、しかし体を壊し帰国がかなわなかった。昭和50年代後半頃やっと帰国。青森県の県営住宅に入った。
そして東京に移り、今は平塚に住んでいる。母には年金が支給されているが何故半分なのか。止むを得ず年金にも加入出来なかったのであり、子どもとしては母に年金を満額もらって欲しい。半額の根拠が知りたい。

回答 社会保障相談室46

戦後の混乱により中国等から帰国することができず、中国、樺太等の地域に居住することを余儀なくされた中国残留邦人等については、日本に帰国した場合に年金加入期間が短いため低額になってしまいます。

これらの方々の特別な事情に鑑み、終戦後すぐ帰国出来たなら国民年金に加入出来た期間を保険料免除期間とみなし、追納も認め、年金が受給でき且つ増額出来る事(特例措置)とされています。

法的根拠は「中国残留邦人等の円滑な帰国の促進及び永住帰国後の自立の支援に関する法律」です。平成6年10月施行。この法律の第13条に規定があります。
中国残留邦人等とは、昭和20年8月9日以後の混乱等の状況の下で日本に引き上げることが出来ず、同年9月2日以前から引き続き中国、樺太に居住しているもの、及びその者を親として同年9月3日以後中国、樺太で出生し、引き続き中国、樺太に居住しているもの等とされています。

例 50歳で帰国した中国残留邦人等の老齢基礎年金額

20歳から永住帰国(50歳)までの30年間は保険料免除期間
帰国したとき50歳から60歳まで保険料納付済みの場合=10年

年金額=398,500円(平成15年価格)
免除30年分追納した場合=797,000円(平成15年価格で全額)
特例措置をしなかった場合=10年分=199、300円

仕事内容によって厚生年金等の支給が可能か、又は恩給等援護制度の活用が可能かよく厚労省等に問い合わせをするようアドバイスいたしました。


残留邦人の背景

国策による満州移民政策


1936(昭和11)年8月25日
 広田内閣「七大重要国策要綱決定」
 その第6項で満州へ開拓移民20年間に100万戸入植計画を明記。
 日本国内で大量移民実施のため、各県指導の下に各町村でその分村として、満州、内蒙古に集団移民の送り出し計画を遂行するようになる。

1937(昭和12)年11月30日
 閣議決定「満州に対する青少年移民送出に関する件」
 いわゆる「満蒙開拓青少年義勇軍」であり、軍事的見地で配置。
 ソ連参戦通告の1945(昭和20)年8月8日まで、開拓団を続々送り込む。

 この結果、1945(昭和20)年5月時点において、満州・内蒙古における

→開拓団は   16万7,091人
→青少年義勇軍は  5万8,494人 に上った。
(これは応召者を含まない人員であり、当時の外務省の調査によると送り込み済み開拓民は約32万人。ということである。しかも、その後も開拓民に一切状況切迫を知らせず送り込みを続けた)。
 
終戦直後の引揚げ政策の混乱

1945(昭和20)年10月18日
 GHQ指令により、厚生省を引揚責任庁とする

1946(昭和21)年3月
 中国国民政府軍瀋陽進駐-日本人管理組織確立
 日本政府-引揚援護院設置(厚生省外局)
 GHQ-引揚げに関する基本命令

1946(昭和21)年5月 5日 引揚げ第一船、壷蘆島出航

  5月15日 奉天(現瀋陽)から、
  7月28日 長春から引揚げ第一列車出発
  11月23日 大連地区引揚げ開始
  12月19日 ソ連軍管理地区日本人送還(米ソ協定)

1949(昭和24)年4月26日になって、

→ようやく衆参両院が引揚げ促進の決議を出すも、同年10月3日に中国からの集団引揚げが中断となる。

「残留孤児」「残留婦人」の線引き

→中国人家庭に入った女性は引揚げの対象にならず、いわゆる「中国残留婦人」となった。

 国は敗戦後、中国(ほとんど東北地区/旧満州)に置き去りにした13歳未満の日本人を「残留孤児」、13歳以上を「残留婦人」としてきた。
 そして、国は、「残留婦人」は、自己の意志で残留した者として決めつけ、日本国籍を剥奪し、長いこと援護政策の対象とせず。
 しかし、いわゆる「残留婦人」は、敗戦時、開拓団の若妻・娘であったり、あるいは、勤労奉仕で内地から送られた女子学生の人たちである。
 この人たちは、戦地に巻き込まれ、酷寒の荒野をさまよい、辛うじて中国人家庭に入ることによって生き延びることができた人々である。


引揚げ中断とその後の残留邦人の放置

日中国交断絶・引揚げ中断

1949(昭和24)年10月1日
 中華人民共和国成立。日中国交断絶。引揚げ中断
 日本国は中華人民共和国を承認せず、日中国交断絶となる。

→10月3日以降、引揚げ中断となる。

 日中の国交は全面的断絶状態が1972年(昭和47)9月29日の国交正常化の共同声明まで続く。



参考資料 中国残留邦人等の円滑な帰国の促進及び永住帰国後の自立の支援に関する法律」から

(国民年金の特例等)


第13条  永住帰国した中国残留邦人等(明治四十四年四月二日以後に生まれた者であって、永住帰国した日から引き続き一年以上本邦に住所を有するものに限る。以下この項及び第五項において同じ。)であって、昭和二十一年十二月三十一日以前に生まれたもの(同日後に生まれた者であって同日以前に生まれた永住帰国した中国残留邦人等に準ずる事情にあるものとして厚生労働省令で定める者を含む。)に係る昭和三十六年四月一日から初めて永住帰国した日の前日までの期間であって政令で定めるものについては、政令で定めるところにより、国民年金法 等の一部を改正する法律(昭和六十年法律第三十四号。第三項において「昭和六十年法律第三十四号」という。)第一条 の規定による改正前の国民年金法 (昭和三十四年法律第百四十一号)(以下「旧国民年金法 」という。)による被保険者期間(以下「旧被保険者期間」という。)又は国民年金法第七条第一項第一号 に規定する第一号 被保険者としての国民年金の被保険者期間(以下「新被保険者期間」という。)とみなす。
2  前項に規定する永住帰国した中国残留邦人等(六十歳以上の者に限る。)であって昭和三十六年四月一日以後に初めて永住帰国したもの(以下「特定中国残留邦人等」という。)は、旧被保険者期間又は新被保険者期間(同項の規定により旧被保険者期間又は新被保険者期間とみなされた期間を含み、旧国民年金法第五条第三項 に規定する保険料納付済期間、国民年金法第五条第二項 に規定する保険料納付済期間その他の政令で定める期間を除く。第四項において同じ。)に係る保険料を納付することができる。


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自由国民社発行「口語民法」に学ぶ

第5章  法律行為

第92条「任意規定と異なる慣習」

法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。


労働基準法 労務行政発行「労働基準法:労働法コンメンタール」に学ぶ

第11章   監督機関
(98条は削除)
第101条 「労働基準監督官の権限」   

労働基準監督官は、事業場、寄宿舎その他の付属建設物に臨検し、帳簿及び書類の提出を求め、又は使用者若しくは労働者に対して尋問を行うことができる。

前項の場合において、労働基準監督官は、その身分を証明する証票を携帯しなければならない。

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