兄近松門左衛門と弟堀部安兵衛は吉良邸でお互いの役割をしっかり果たした。火坂雅志を読む③忠臣蔵心中

元禄15年12月14日

堀部安兵衛は長槍の柄を九尺に切り詰めた。屋敷内の闘いでは自在に動くには九尺が限度。大刀の柄も滑らないよう木綿の平打ち緒に巻き替え準備作業を進めた。
安兵衛と養父弥兵衛が家を出たのは日も替わった15日午前1時過ぎだった。
大石はじめ集合した同士は47人。「されば、参ろうか」大石は采配を手に立ち上がった。
討ち入り時刻は午前4時。安兵衛は裏門からの突入隊10名の一人だった。

講談社発行  火坂雅志著「忠臣蔵心中」   370ページ

碁盤太平記

近松門左衛門は吉良邸の表門に駆けつけた。長屋門の屋根にかかる竹はしごに取り付いた。ただ見たい、知りたいという作者魂だけが胸の奥で燃えていた。安兵衛が闘っている姿をおのが目でしっかり刻み付けておきたかった。邸内を見渡す、白い寝巻きを着ているのが吉良邸内の者、黒小袖を着込んで整然と動いているのが赤穂の浪士たちであろう。
月明かりに照らされ、白い寝巻きを着た者と黒小袖の者が打ち乱れて闘うさまはちょうど碁盤の上の白石黒石だった。近松は矢立を口にくわえ、墨壷の墨汁をたっぷり含ませ筆を矢のように走らせた…

のちの近松は12月15日早暁の討ち入りを、碁盤太平記なる人形浄瑠璃に仕立てている。
のち竹本座で上演された仮名手本忠臣蔵はこの近松の碁盤太平記をもとに書かれた。

兄弟

近松が安兵衛という実の弟の存在を知ったのは、いまから8年目の底冷えのする寒い冬の日のことであった。
「兄上がそれがしのことをご存知ないのは無理もござらぬ。それがしは兄上が新発田を去られて後、父中山弥次右衛門がめとった後妻との間に生まれた息子でござる。」
すなわち近松と安兵衛は腹違いの兄弟にあたる。安兵衛を陽とすれば自分は陰かもしれない。安兵衛からの手紙で「決闘を助太刀し高田馬場の決闘として世間の噂にもなり、男気をほれ込んだ播州赤穂藩堀部弥兵衛から婿養子に懇願された」ことなどしたためられていた。

今度の上洛で安兵衛はまだ一度も兄のもとをたずねていない。
宮川町の兄の家を訪ねる暇もなかった。同士の糾合に忙しかった。
以前兄をたずねたときーお前たちのやろうとしていることは仇討ちではないーと言われた。
仇討ちは切られた身内がおこなうもの、吉良に切りかかった浅野の家臣が仇討ちを標榜するのは筋違いであるというのが近松の言い分だった。

安兵衛の考えはそうではない。
主君の無念を家臣の自分たちが晴らすしかない。それこそ誠の忠義である。
殿の無念を晴らしたあかつきにはわしは死ぬ覚悟。二度と生きて兄者とお会いすることもあるまい。一瞬青い稲光のような感傷が流れた。


浄瑠璃と仇討ち

赤穂浪人橋本平左衛門 18歳、お初と相対死。武士と遊女の心中なぞこの時代極めて珍しかった。近松は部屋の隅に茫然と立ちつくした。義太夫が入ってきた。「心中を芝居にする気かい」近松はきいた。「あんたもこの心中が芝居になると思ったから見に来たのだろう」
「浄瑠璃にするんや、三日で仕上げてくれ」近松もはや朝も昼もなかった。書きに書いた。
「すまん近松さん、公儀や、公儀でこんどの相対死を芝居にするのはあいならぬお達しや。
武士と娼妓の間だから公儀が許さないのだ」

心中赤穂草子とお題まで決めたのに…芝居はやりたいが幕府に禁じられれば従う他ない。
上からの力と正面きって闘うのが怖い…近松は忽然と気がついた。安兵衛のことを。
理屈じゃない、あいつのやろうとしているのは。仇討ちが間違っていようがいまいが、あいつは命を懸けておのれの意地を示そうとしているのだ。安兵衛の言いたかったこと、やろうとしていることはそうだったんだ。


近松はそう思うともう京にはいれなかった。江戸に行こう。仇討ちに間に合うか。間に合ってくれ。

近松は屋根の上からのびあがって見た。白無垢の帷子を着た老人が引き据えられている。
吉良だ。幕は下りたな。もはや見るべきものはない。安兵衛は立派におのが一分を貫き通した。みごとな幕引きだった。安兵衛、もうお前と一緒に酒を飲めそうにないな。

曽根崎心中

元禄16年2月4日赤穂浪士に切腹の沙汰が下った。快挙を成し遂げた浪士たちの人気はその後も衰えることがなかった。
その年の桜も葉桜になりかけた頃、近松は義太夫に起こされた。心中や心中、曽根崎の森で
侍でない、醤油屋の手代と天満屋の娘や、思いを寄せた同士心中しかなかったんだ、公儀関係ないよ、近松はすぐ筆をとった。
行李の奥にしまってあった心中赤穂草子の筋書きを念頭に置きながら、あらたに書き出した。

題名を「曽根崎心中」と言った。この浄瑠璃は竹本座はじまって以来の大当たりとなった。
小屋を入りきれない客が十重二十重に囲むという空前の人気ぶり。作者近松門左衛門の名は天下に鳴り響いた。

近松は江戸に来ると芝高輪の泉岳寺に足を向ける。
近松は安兵衛の墓に向かって手を合わせた。一輪の雪椿の花を置いて境内を立ち去った。
雪椿は、兄弟の故郷越後の山野に咲く花である。


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