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寺田寅彦の言う「あたまのいい人あたまの悪い人…科学者は同時でなくてはならない

2016/07/31 12:53
講談社発行  寺田寅彦著セレクション343ページ

昭和8年10月刊「物質と言葉」=科学者とあたま

あたまのいい人=脚の速い旅人=人より先に行きつけることが出来るが、道端にある肝心なものを見落とす恐れもある

あたまの悪い人=脚ののろい人=人からずっと遅れるが訳もなくその大事な宝物を拾っていく場合がある

あたまのいい人=見通しが利く=前途の難関を見渡せる=ややもすると前進する勇気を阻喪しやすい

あたまの悪い人=前途に霧がかかっている=楽観的になる=難関に遭遇しなんとかどうにか切り抜けていく

頭のいい人=他人の仕事の荒が目に付き易い=他人がおろかに見える=従って自分が誰よりも賢いという錯覚に陥りやすい=向上心に緩みが出る=進歩が止まってしまう

あたまの悪い人=他人の仕事がみな立派に見える=偉い人の仕事でもやれそうに見える=自ずから向上心が刺激され挑戦してみる

あたまのいい人=せっかく骨折っても結局大した成果はないと見込みをつけれる=着手しない

あたまの悪い人=そんな見込みも立てれないのでつまらないことでも我武者羅に仕事に取り付く=予期しなかったような重大な結果にぶつかることもある

科学者になれない=自分が利口だとあたまがいいと思う人は人間の頭の限界を力の理解して大自然の前に赤裸々に自分を投げ出して、ただただ自然の大直接の教えにのみ傾聴する覚悟があって始めて科学者になれる
観察、分析、推理、の正確周到を必要とする=あたまが悪いと同時に頭がよくなければならないのである。

科学者にありがちな錯覚=科学が人間の智恵の全てであると考えてしまうこと=科学は知致の一部に過ぎない=ソクラs¥テス、老子、芭蕉、広重の世界の存在も事実である。科学ばかりが学のように思い上がる、

人間は過誤の動物である。
冨士はやはり登ってみなければ分からない。
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文明が進むほど天然の暴威による災害はその激烈さの度を増す…寺田寅彦著「天災と国防」を読む

2011/08/04 14:59
講談社発行  寺田寅彦著  「天災と国防」   204ページ

 昭和8年から9年にかけて寺田寅彦が著した「天災と国防」は、正に今回の東日本大震災にあてはまる。
80年近くなるがまったく輝きを失っていない名著である。


1、自然変異の現象

  一家なり一国なりに、ある年、災禍が重複し襲う、または全く無事な回り合わせもある、これは純粋な偶然の結果としても、当然期待されうる「自然変異」現象である。
悪い年回りはいつかは回ってくるのが自然法則。

これほど明白過ぎるほど明白でも、人はきれいに忘れるものだ。
個人なら個人の哲学に任せても、一国の為政の枢機に参与する立場にある人びとだけにはこの万人の健忘症に対しての診察だけは常々怠らないようにしてもらいたい。

2、文明が進むほど天然の暴威による災害はその激烈さの度を増す

 太古の時代、人間は頑丈な岩山の洞窟に住んでいた。
大抵の暴風雨でも地震にも平気だった。
単細胞生物は個体を切断されても各々が平気で生命を持続させる。
高等生物になるに従い、そうもいかなくなり融通がきかなくなり、一針でも打ち所により生命を失う。

文明化した国家の様な高度の有機的結合体は、その有機的一部分の損傷が体系全体に深刻な影響を及ぼして大被害となる。
文明が進むほど天然損害の程度も累進する傾向がある事実を十分に自覚し、平年にその防御策を講じておかなければならない。しかしそれはいっこうにできていない。
天災が忘れた頃にやってくるからである。

3、陸海空軍の充実と同じように科学的国防にも充実を

 大都市機能が崩壊した安政の大地震の頃と現代では道路網、水系、電気エネルギー等文明の高度化が違う。
従って天災の損害も計り知れない。

それらが一挙に破壊され有機体の機能が停止し生活上の地獄が到来するであろう。
安政には電気も水道も鉄道もなかったのだ。
それでも江戸の都市機能は崩壊した。

国家の安全を脅かす外敵に対して軍備を充実させるように、必ず襲う天然の災害に対しても安全防御策を充実させるべきである。
科学的国防常備軍は、陸海空軍に負けずに、日常の訓練、研究により非常時に常に備えなければならない。
外敵に対しての大和魂はすなわち、手強い天然の災害という敵に対する挙国一致の科学的研究と対策を講じることこそ現代にふさわしい大和魂である。

4、古今東西を通じ歴史という歴史はほとんどあらゆる災難の歴史である

日本人を日本人たらしめているのは、実は学校でも文部省でもなく天然の災難による教育であったかもしれない。

地震津波台風のごとき西欧文明諸国には全くとはいわないが我が国ほど頻繁には災禍を及ぼさない。
日本は地理上、地球物理学上、気象学上極めて特殊な位置にある。
それが外交上特殊な防御を必要とさせている。

同じように自然環境にも支配され、絶えず脅かされなければならない宿命にあるのである。
しかしこのことが一面良い方向に影響を国民性に及ぼしているのも否定し難い。
数千年来災禍の試練により日本国民特有のすぐれた諸相を生んでいるのも事実である。

5、津波石碑

 明治29年(1896年)、三陸大津波に襲われたある地域では、大災害の記念碑を建てた。
それが今では二つに折れ倒れたままころがっていた。
碑文など全く読めなかった。
またある地方では、津波災害石碑を、山腹道路の通行人に目立つ様に建てられていたが、その後新道が出来、旧道も記念碑もすたれ、人の眼にはふられていなかった。

…宮古市姉吉の津波記念碑文「ここより下に家を建てるな」

今回の巨大津波でもこの記念碑の下で津波はとまったとのことである。
碑文の警告を守ったこの地域では1軒の被害もなかった


6、繰り返す巨大地震と巨大津波
   
 いつの世も巨大津波や巨大津波の直後には、時を移さず、政府官庁、ジャーナリスト、学者が駆けつけ、詳細な調査をし、対策が研究され発表される。

そして必ず何十年も経ると、それらの人びとは中枢から退隠する。
30年も毎日毎日朝日が昇り夕日が沈む平和な海が続く。
やがて高い所の人びとは海岸近くが便利だと居を移す。
人間界の人間的自然現象でもある。

しかし自然はそれ以上に過去の習慣に忠実である。
保守的で、頑固で、執念深く、必ずやってくるのである。


人間が忘れないような寿命が数百年も生きるか、忘れないように努力するしかない。
世界最高の地震国であるからには、小中学校で1年に1回は地震津特別授業があるべきである。
それこそ愛国教育だ。

7、3現と3ナイ:3日、3年、30年、300年

失敗学の権威:工学博士、東京電力福島第一原子力発電所の事故調査委員会委員長に就任の畑中洋太郎氏の解説が寺田分析に負けずに面白い


{3現と3ナイ}


ある事物、現象の正しいモデルを自分の中に作るには、現地まで足を運び、現物をみてたり触れたりし、現地の人の話を聞くことが肝要である。
メデアや専門家の書物等を利用しながら事物や現象を理解するのはいかにも楽そうである。
しかしこれは錯覚である。
歩かない、見ない、考えない、つまり3現とは対極にある観察姿勢である。
目的意識の強さ、自分で実際の体験から感じること、自分の頭で考えること、主体的姿勢が根本から欠しまう。

{人間の忘れっぽい法則}

3日坊主→個人記憶は3年で段々忘れる→組織記憶は30年で減衰する→社会記憶は300年もたつとなかったこととなる→まして1,000年も経過しては…

{自然の法則:事実}

この100年間で少なくても3回の巨大な津波が我国を、特に三陸海岸を中心に襲っている。
1896年明治三陸大津波
1933年昭和三陸大津波
20111年東日本大震災巨大津波
そして869年には貞観大地震巨大津波が襲っている。

{リスクホメオスタシスの法則}

 交通事故は何故亡くならないか?
交通規則を厳しくし取締りを強化しても、道路を改良しても、車の安全装置を充実させても、交通事故率は変わらない。
何故か、それは安全になったことから生じる新しい危険によって事故が増えるからである。
機械やシステムが進歩した分、人間のそれらへの依存度が高まり、そのことが逆に危険を大きくするのである。
事故やトラブルのエネルギーが大きくなるのである。
従来考えられなかった大きな事故を呼ぶのだ。

{外部基準と内部基準}

 マニュアル外部基準は「このルートをとれば安全」として 他のルートを許さない安全確保の考え方である。
しかしなにかのトラブルでルートが壊滅したらとたんに使えなくなる。
思考停止状態になってしまう。

想定外の非常事態が起ったらどうするか正しい行動基準を自分で作り上げておくことが重要である。
すなわち内部基準である。
危険を避けることを自分で見つけられるようにしておくことである。

福島原発事故の例は長期政権の外部基準に極端に頼っていて、東電独自の内部基準を全く持たなかったことからの人災でもある。
巨大地震と巨大津波は避けることが出来なくても、充実した内部基準を持っていればこれほどの悪化事故にはならなかったと思われる。
組織不良が起こした巨大人災である。

自然災害には目を前に向け付き合い、そこから多くを学ぶことが賢い生き方である。

…昭和の始めの著作である。
 しかしそれから東京も、東北も、阪神も、広島も長崎にも、日本中を何度となく自然及び人間による大災害が襲った。
 寺田寅彦の予言は正に的確である。
 しかしここから学ぶ姿勢が弱ければ、強敵に負けるだけである。
 世界最大の被爆国でありながら今も放射線にうろたえている。
 寺田の言うとおり、畑中の語るとおり、それでも日本人はそこから学び逞しく生きていくことが出来るだろうか
 全国民が正念場にいることは間違いない、皆それは承知している、していないのは政治家だけだ…
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