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zoom RSS 冷・凍・寂・枯からの飛躍―千利休の創意―

<<   作成日時 : 2016/10/17 09:11   >>

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秀吉と利休はともに茶の湯について共通の問題意識をもっていた。
その意識が接触しあったとき、一つの閃光が放たれた。
その意識とは、「侘」という問題意識であった


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角川書店発行  矢部良明著「千利休の創意」323ぺージ


15世紀は美学の時代
能楽の世阿弥、連歌の心敬、茶の珠光の3人が代表

日本ならばでの精神の工芸の登場…
予想もしなかったその先に待っている本当の美
無表情の表情、無味の味、無感の感

冷、凍、痩、長、寒,寂、枯=美的カテゴリーの定立

1990年著者は東京国立博物館紀要第25号において「冷、凍、寂、枯の美的評語を徹して近代美術の定立を窺う」を発表良し世に問うた。


利休は茶の湯について全く記述を残してない、利休の声を聞くことは不可能である
万事手軽にして、寂を美学の礎にして、世間にたくさんいる侘数奇者に心をかけ、誰もが茶の湯に勤しめるように按配した

天正10年、秀吉が天下人になり、利休と車の両輪になり茶の湯世界を引っ張り出した
利休は世俗の価値を平然と無視し、古典美を支えた美学を積極的に侘数奇の茶室のなかに発見してしまったのだ
苦労の天下人の治世と根本的に一致した
茶室には定形餓なく常理があるのみ、即興の楽しみ、マニュアルがないことから常理を追及する

天正15年3月1日、豊臣秀吉は、大阪城を発って九州薩摩島津藩征伐に出た。
5月島津義久は降伏、九州平定が完了した。秀吉は博多に戻り戦勝の茶会を開いた。
緒将、緒商人たちはそれぞれ思い思いの新奇の工夫を凝らした席を構えた。利休の席は、ありあわせの青茅を張って壁の代用とした。茶入には備前焼を使った。
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天正18年4月秀吉は小田原北条討伐に大軍を関東に向け発進させた。
利休はこの軍勢に加わり、伊豆韮山の竹をもって園城寺竹一重切花入をつくった。
竹筒の頂に輪を残し、小さな花窓を抜くという奇抜な嗜好こそ利休の作為であった。

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高価な唐物が定評、そこへ利休はごく簡単に出来、新鮮な美的効果の上がる竹筒の花入を提唱し、大成功を博し、一挙に茶人たちの支持を獲得した。
正に安価を旨とする侘道具の典型であり、専門職の手によらない自ら製作作りに加わることが出来た。
創造の喜びが得られるメリット利休面目活躍如

利休が創作した茶の湯世界のなかで、旧習を完全に覆し、その後誰もが導かれた不動の創作は、茶席、茶庭、点前の3分野でなかろうか。
400年が経過しても支持を受け、定着し続けている。
茶の湯の美学の本質をどう表現するかという原理をその後の近代の建築家も試みの段階にとどまっていて理解されていない。
最も重要なポイントである創作茶室にはどのようなどうぐがをもって取り合わせ、どのような美境を形成すすかという大義も彼らの視野に未だ入っていないようだ。
美学を、茶の湯を支える超克の美学をしかと会得した上で、世俗の観念を離れて自由無碍の境地に逍遥遊することこそ利休の本意に近づくことであると著者は考える。

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著者  矢部良明

1943年昭和18年大磯町生まれ 神奈川県立平塚江南高校卒 東北大学文学部美術科卒
東京国立博物館陶磁室長 
本書は月刊「日本美術工芸」誌に32回連載されたものをまとまられ、利休美学の根源を知る縁として平成7年10月10日角川書店より発刊された。

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